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第一章
黒衣
羽生田昌良は九十歳になる。若い頃は頑健な身体だった。しかしだ。
九十になった今は流石にだ。衰えてだ。
病院に入院してだ。寝たきりになっていた。
その彼にだ。息子や孫、曾孫達が来てだ。こう言うのだった。
「早くよくなってね」
「また一緒にお茶飲もうよ」
「遊ぼうよ」
こうだ。口々に言ってだ。彼を励ますのである。
「すぐに退院できるからね」
「だからその時はね」
「退院祝いをしようね」
「そうじゃな」
昌良もだ。白いベッドの中から微笑んでだ。
そのうえでだ。こう彼等に言うのである。
「その時はな。しかしのう」
「しかしって?」
「お爺ちゃんどうしたの?」
「何かあるの?」
「わしも九十じゃしな」
言うのはだ。その年齢についてだった。
「本当に長くないからのう」
「九十ねえ。色々あったよね」
「やっぱり長生きだよね」
「そうだよね」
「そうじゃ。九十じゃ」
そのことをだ。息子達に話すのである。
「それではな」
「まあまあ。弱気にならないで」
「気を確かに持ってね」
「退院しようね」
「またね」
こんな話をしてであった。彼等はだ。
彼の退院を心から期待していた。そうした意味において彼は非常に幸せであった。だがそれでもだ。彼自身はというとだ。
診察に来た医師にだ。こう言うのであった。
「やっぱりあれですかのう」
「あれとは?」
「長くないですな」
ベッドに寝たままだ達観した微笑みで話すのである。
「そうですな」
「それは」
「いえ、わかります」
否定しようとする医師の言葉を自分から話すのだった。
「わしも九十ですし」
「それは」
「老衰ですな」
何故自分が今ここで寝ているのかもだ。話すのだった。
「そうですな」
「ですからそれは」
「正直に言って下さい」
騒ぐものなぞ何もなかった。落ち着いたままでだ。
医師に対して問うのだ。どうかとだ。
「わしは老衰ですな」
「はい、そうです」
医師もだ。彼が達観しているのを感じ取ってだ。
その年齢のことも考えてだ。彼に話した。
「その通りです」
「そうですか。老衰ですか」
「おそらく。この入院において」
「死にますか」
「そうなります」
最早だ。この入院においてというのだ。
「ですから」
「わかりました。それではです」
「落ち着いてここにいて下さい」
最後だからだというのだ。
「宜しいですね」
「わかりました。それでは」
こう話をしてだ。彼はだ。
その時を待つことにした。ただし息子達には何も言わなかった。そのことは隠したのである。
そしてだ。そのままベッドの中に留まるのだった
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