ただいまはまだ遠く
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此れから生きていく全ての者に真名を呼ばれるという事は、この世界の人間にとってはある意味で死よりも恐ろしいと言えた。
大切なモノを汚される事は誰であれ嫌悪と憎悪の感情を浮かべるモノであろう。くだらない挑発でさえ怒りに燃えるモノが居るように、主を貶められて激発する忠臣がいるように、好きな人を悪く言われて昏い感情を心に宿す者達がいるように……大切であればあるほどにそこに抱く想いは増大する。
勝手に真名を呼んだなら殺してもいい……裏を返せば、倫理や思想、人間として当然とも言える行いを無視しても許される程の罪の重さが、真名を許していないモノが勝手に呼ぶ行いに含まれているということ。
麗羽はその重い罪を、一生だけでなく、死んでからも許し続けなければならないのだ。
であるからこそ、麗羽がその選択をした事は人々の心に波紋を齎す。
死よりも恐ろしい罰を受けて尚、麗羽は償いをしようと思っている。怨嗟に燃える白馬義従であろうと、そう認めざるを得なかった。
だが、やはり怨嗟の声は止まらない。償いよりも、彼女には直接的な死を迎えて欲しいのだ。足掻いて這いずって縋って生きて欲しくなどないのだ。
麗羽が泥濘で足掻くのが世の平穏の為である……そんな事は許されない、と。
屈辱と絶望と後悔に塗れても平穏の為に足掻くのなら……愛する主と似たようなモノになってしまうから認められない、と。
ずり……ずり……と少しずつ進んで行く麗羽は涙を流していた。
その涙の意味を彼らは知らず。何の為に其処までして生きるのか、向かう先には死しか待っていないというのに。
呪いの声を受けても、眉を顰めて歯を噛みしめ、麗羽は進む。
手は縛られて使えない。足首の腱が斬られて立つ事すら出来ない。それでも彼女は進んでいた。
血と臓物が染み込んだ大地で、自分が殺させ、死なせたモノ達の残骸に塗れながらも彼女は確かに進んでいた。
死ねよ……と誰かが零した。
生きている価値なんざ無い……と誰かが吐き捨てた。
ケモノ以下のゴミだ……と誰かが貶した。
兵士達の皆が涙を流す鬱屈としたその場を、彼女は諦めずに進む。
どうすればこいつの心を折れる?
どれだけ怨嗟の声を上げようともこの女を殺せない。
この女を愛する主と同じになんかしたくなくて、悪のまま殺したくて仕方ないから彼らは考えた。
別に自分の命を失ってもこいつを殺せたらそれでいい……そう考えるモノが出てもおかしくはない。だが、驚くことに一人も出なかった。
真名を穢す行為を恐れているこの大陸の者達は、それが為された上でさらに彼女を貶める事は本能的に出来なかったのだ。
故に、彼が禁ずるまでも無く、彼らは直接行動には出られない、出る事が出来なかった。
次第に怨嗟
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