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最後のストライク
6部分:第六章
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 本田はそのボールを見ながら呟いた。
「すぐにな。そして靖国に行ってから」
「後楽園ですね」
「ああ」
 石丸の機も、全ての機がもう見えなくなっていた。昭和二十年五月十一日。もう鹿屋は暑い日々だった。今一人の野球人が最後の、そして最高のピッチングを終え旅立っていった。石丸進一享年二十二歳、数え年にして二十四歳の若さであった。何処までも澄んだ青い空の下での話であった。
 その二日後本田も言った。彼もすぐに石丸のところへ行った。笑みを浮かべて空へ旅立った。
 戦争は八月十五日に終わった。特攻隊を作った大西は終戦と同時に腹を切り、自らを裁いた。
『特攻隊の英霊に申す。陳謝す。よく戦いたり』
 遺書にはこう書かれていた。誰よりも特攻隊というものを知り、そして己を責め苛んできた彼は終戦と共に自らを決したのであった。彼を知る者は皆その死を泣いた。最も苦しんでいたのが彼であると知っていたから。
 そして鹿屋の司令官であった。宇垣も。彼は終戦の詔と同時に最後の特攻に向かった。
『英霊達だけを行かせるわけにはいかない』
 彼は決して口には出さなかったがこう考えていた。そして彼もまた散華したのであった。こうして戦争は終わった。多くの者がその中にそれぞれの思いを抱き、散華しながら。そして終わったのであった。
 あれから長い時間が経った。戦争が終わり六十年経った。石丸が最後に投げたいと言った後楽園球場はもうなく、そしてそこには東京ドームがある。もう後楽園ですら遠い記憶の彼方になっていた。
 石丸の最後を見届けた山岡ももういない。全ては本当に遠い昔になろうとしている。
 だがこれは本当にあった話だったのだ。野球を何処までも愛し、そして国難の前に散った一人の野球人がいたというのは。これは事実である。
 その魂は今靖国に静かに眠っている。野球を、そして日本のことを思いながら。そこにいる。靖国に行けば彼に会うことができるのだ。特攻隊として散華した一人の野球人に。


最後のストライク   完

             
                 2006・5・27

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