暁 〜小説投稿サイト〜
最後のストライク
5部分:第五章
[1/2]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話

第五章

「打ちたいのか」
「そんな御前の球をな。打ってみたい」
「本田・・・・・・」
「俺達はもうすぐ靖国に言ってそこで日本を護るけれどな」
「ああ」
「これからの日本が。ずっと野球を出来るようだったらいいな」
「そうだな。そんな世の中になったら」
「また野球をしような」
「そうだな、ずっとな」
 旅立つ前のほんの一時の話だった。周りのベッドは一日ごとに空いていく。その中で彼等は話をしていた。いずれ自分達のベッドも空くことをわかっていながら。
 そして遂にその日がやって来た。五月十一日、その日は雲一つない素晴らしい蒼空だった。
 石丸はその下にいた。もうすぐ最後の出撃の時である。
「石丸少尉」
 その彼に声をかける者がいた。海軍報道班員の山岡荘八であった。彼はこの鹿屋に派遣されていたのである。
「そろそろ時間ですよ」
「ああ、わかってるよ」
 彼は山岡に返事を返した。だがすぐに機体に向かうわけではなかった。
「少し、ここにいていいか」
「何かあるんですか?」
「ああ、本田少尉」
「おう」
 本田はその言葉を待っていたかの様に石丸に返した。
「用意はいいか?」
「ああ、何時でもいいぞ」
 彼は笑みで石丸に返した。石丸はそれを聞くと満足そうに頷いた。
「じゃあグローブを頼む」
「ボールはいいのか?」
「ここにあるからな」
 そう言って飛行服から自分のグローブと白いボールを取り出してきた。銀座の球団事務所で貰ったあの白いボールだ。彼は肌身離さずこの白いボールを持っていたのだ。
「これを使わせてもらうさ」
「わかった、じゃあいっちょやるか」
「ああ、頼むぞ」
 本田は距離を開けて座る。バッテリーのそれと同じ形で。
 山岡はその本田の後ろに回った。球審と同じ位置だ。そこから石丸の最後のピッチングを見守ることにしたのだ。
 石丸は大きく振り被った。そして最初の一球を投げた。
 伸びのあるいいボールだった。石丸は今の視点から見れば小柄であった。だがそれでもその身体の能力を完全に活かした投球は見事なものであった。コントロールもよかった。見事なボールであった。
「どうだ?」
 彼は投げた後に声をかけてきた。
「!?」
「山岡さん、貴方にだよ。どうだった、俺のボール」
「あっ、私にだったんですか」
 山岡は最初石丸が本田に声をかけているのかと思っていた。だがそれは自分に対してであったのだ。
「何といいますか」
 彼は落ち着きを取り戻しながらそれに答えた。
「凄いボールですね。やっぱりエースだっただけはありますよ」
「いや、そうじゃなくてさ」
 石丸は山岡の言葉を聞いて苦笑いを浮かべた。屈託のない、そして陰のない笑みであった。とても今から死にに行く男の顔には見えなかった。
「スト
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ