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最後のストライク
1部分:第一章
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りここだよ」
 彼はマウンドに立ちながら兄に対して言った。
「俺がいるのは。ここしかないんだよ」
「そんなにマウンドが好きか?」
「ああ」
 彼は笑顔で答えた。屈託のない笑顔だった。
「ここを離れたくはない。死ぬ時でも」
「死ぬ時でもか」
 兄はそれを聞いて一瞬だが悲しい顔になった。
「なあ進一」
 そしてその悲しい顔を消して弟に対して声をかけてきた。
「大きな声じゃ言えないけどな。こんな時代だ」
「ああ」
「何処で死ぬかわからんぞ。それでもそこにいたいのか?」
「心はな」
 彼はそう言葉を返した。
「ずっとここにいたい。俺は死ぬまで投げたいんだ」
「そうか」
 兄はその言葉を聞いて頷いた。
「だったらいい。好きなだけ投げろ」
「ああ、投げるさ」
 投げられるだけで幸せだった。
「最後の最後まで」
「よし、投げろ」
 そう言って弟の背を叩いた。あえて肩は叩かなかった。
「とことんまでな。投げてやれ」
 その言葉通り彼は投げまくった。名古屋軍はこの時弱小球団に過ぎなかった。しかも戦争で人はいない。もうアメリカとの戦争ははじまっていた。本当は野球どころの時代ではなくなっていたのだ。
 彼は大学の夜間に通いながらも投げた。一年目は十七勝十九敗、二年目は二十勝十二敗。名古屋軍にはなくてはならないピッチャーになっていた。しかし。

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