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珠瀬鎮守府
木曾ノ章
その6
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。沢山の娘が海原に散っていくのに……!」
「だからどうしたの! 帰りなさい一人で!」
 彼女が浮かべるのは笑み。満面の笑み。見ている方がぞっとしてしまうような、そんな笑み。
「嫌よ、私は今まで生きてきた。例え嘗ての仲間が死のうとも鎮守府でのうのうと、艦種という免罪符を片手に時を待つという相対的な逃亡行為を、ただ受け入れ続けた。恐れもあった。作戦という名目もあった。だが確かに私は逃げ続けた。だが今、ここで私は逃げない!」
 彼女は私の手を握った。痛いほどに強く。彼女の手は確かに暖かかった。だが同時に震えていた。
「今ここで私は死ぬ! 私は、空母赤城はこの今際の際に挟持を見せる!」
 言うが早いか、私達のすぐ上空を大量の艦載機が前から後ろへ駆け抜けていった。
「総員、覚悟は良い?」
 赤城の言葉に、無線機から入る大量の了解の声。それが意味するのは唯一つ。
 私は先彼女が名乗った名前を無我夢中で叫んだ。
「赤城!」
「行くぞ総員、我々が被害担当艦となる」
 背後から響く音に、対空機銃と、爆撃音が加わった。






「格好つかないなぁもう」
 彼女に手を握られながら私は撤退していた。上空では未だに敵味方の艦載機が入り乱れ、近くの水面は時折敵艦隊からの砲撃で水しぶきをあげていた。
「だから、私をおいて行っても」
「はいはい」
 彼女は聞く耳を持たず、私の手を引っ張る。その理由は、敵の砲撃によって私の発動機に致命打を受けたことにある。浸水は収まったが航行不可能となってしまったので、仕方がなく彼女が牽引しているのだ。
 ひどく間が抜けて、現実味が欠けている。撤退方向をただ見て進むだけならば、ともすれば赤城に手を引かれて海原を散歩しているような錯覚さえ覚える。それを抑えているのは、時折狙いすましたように直ぐ側に上がる水柱。
 この逃避行が長くは続かない事は明らかだった。いや、そもそもこの状況で生き残る事はありえないとお互いにわかっていた。もし唯一可能性があるとするならば、私と赤城の艦載機を囮として一人赤城が逃げるという方法のみ。そうしてそれを彼女が拒否するならば辿る運命も行くつく未来も死のみ。
 死ねば無意味。この戦いはこの一言に表される。死者が出る限りこの戦争は終わらない。だが、それでも。
「ねぇ、鳳翔」
「……なんでしょうか」
「港でさ、美味しいお菓子にはまってるの。一緒に食べない?」
 死んで無意味になったとしても、その生き様にはきっと意義があったと思うから。
「……ええ、喜んで」
 二人ではにかむ。硝煙の匂いが鼻をつき、爆撃音の止まぬ海原の上。明確な死が背後から近寄るその時に。
「じゃ、港に帰ろう」
 それは本当に突然だった。本当に、前触れもなく赤城は前に突っ伏して、私の鼓膜は破けた。耳を襲った
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