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珠瀬鎮守府
木曾ノ章
その6
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が動いた音だった。
「やめておけ」
 老整備士のさほど大きくはない声で、その音は止んだ。気になり振り返った私の前で、駆逐艦用の砲塔を手に構えた数人の整備士がばつの悪そうな面持ちでそれを工作台に載せた。何をする気だったかは明らか。
「鳳翔さん!」
 私の名を呼ぶ響に、どうしたのと返せば、彼女はせきを切ったように捲し立てた。
「どうして引き受けたの! こんなの、こんなの」
「どうして引受けないことができるのよ」
 遮るように響に返せば、彼女は口を閉じた。
「私の代わりに他の子が出撃するだけよ」
 それはなんて残酷なことだろうか。私のために誰かが死ぬなんて、耐えられない。
 故に前線に常に立つ。そうして次もまた立てるように生きて帰る。必ずしも。次死ぬかもしれない誰かのために。
「だから、私が出る。そうして帰ってくる」
 私にとっての正義。だが、響にとっては残酷な現実。彼女が次に私を止める言葉を吐けば、それは他の誰かに対して死ねという事にほかならない。
「待っててよ響。また帰ってくるわ」
 彼女の肩をぽんと叩いて、私は提督の元へ歩き出す。
「鳳翔さん!」
 叫んだ響の声に振り返ると、工廠にいる全員が私を見ていた。そうしてその中央にいる響が手に持つ帽子を左右に振った。私は一度お辞儀を返して、また提督の元へ向かった。







 その日の午後。私は鬼ごっこをしていた。笑えないことにこの鬼ごっこは一度捕まると鬼の仲間入りをするルールだ。
「生き残っているのは?」
 航空用無線に声をかける。返答は二。
「爆装は?」
 返答は一。視界の隅で黒煙を上げて落ちていく機体が見えた。
「母艦帰投困難。着艦は諦めて自力で帰投して」
 了解の返答を聞いて、私は背後、追撃してくる艦隊を見やった。水平線の遥か手前に見えるのは大型戦艦と空母、巡洋艦駆逐艦と揃いに揃った敵艦隊。数は六。こちらとは各艦の速力搭載砲艦載機数索敵能力すべてが勝る。全く笑える状況だ。
 私のそばには常に水柱が立つ。まだ致命弾を受けぬ理由は二つだろう。一つは純粋な距離の遠さ。いくら鈍足とはいえ、距離がある中回避行動を取れば致命弾は受けづらい。もう一つは、敵艦隊の速度が遅い事。恐らくは警戒している。軽空母ただ一艦で海原を漂っているのだ。囮だと思われるだろう。ただそれでも逃げ切れるという話ではないが。
 私は破れかぶれに信号弾を打ち上げた。既に手持ちには着艦機能を辛うじて残す甲板のみである。溺れるものはなんとやらだ。
「鳳翔の信号弾を確認」
 その声は、無線から聞こえた。笑った。この状況で私の信号弾が見えるということは近い。すぐにでも敵艦隊に攻撃を開始できる。成る程、知らされていなかったが私は囮だったのだ。そうして仲間が来たということは私は助かる。喜びのあ
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