彼女の為に、彼の為に
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黒の衣服に黒髪黒目。すらりと長い手足と高い身長。瞳の色には陰り無く、ずっと求めていた彼の姿がそこにあった。
されども違う。彼とは違う。だって彼なら……苦笑して、可笑しそうに笑うはずだ。
もしかしたら戻っているかもしれない……僅かにあったそんな希望は、苦しそうに胸を抑えたこの人によって直ぐに消え失せた。
期待してはならなかったのだ。だって彼なら、誰かに無理やり連れられそうになっても、自分の怪我も放っておいて此処に来るはずなのだ。
詠さんや月ちゃん、そして徐晃隊の皆を忘れていたこと、全てを責めて……生死のハザマのようなこの場所に、黄巾の終わりの時のように真っ先に来るはずなのだ。
記憶の喪失という弱さを責めても耐えられたのなら、心に自責の鎖を新たに掛ける為に、人を殺して死なせてきた戦場がよく見える此処に来る……優しくて弱い彼なら、必ずそうする。
これで確信出来た。詠さんは今のこの人が“彼”と同じだと言っていたけれど……やっぱり違う。
あなたは、黒麒麟にはなれません。
だから私はこう紡ごう。今のあなたは……私が愛した“彼”ではないのだから。
「お久しぶりです……“徐晃さん”」
でも、幸せになって欲しいから、私は自然に、笑みを浮かべられた。
静寂に風が一陣流れ行く。彼の背を暖かく照らす橙色の夕日が美しかった。
私を見つめる彼の瞳は自責と後悔に彩られ、何かを話そうと口を開くも声が紡がれなかった。
出会う前から優しかったこの人は、こんな私に対して罪悪感を覚えているんだろう。
どうしようもなく優しい人。私があの時、目の前で泣いてしまったから、この人は自分を責めている。
戻りたいと願って、戻れないことに苦悩して、そうしてまた誰かの為に戦うことを選んでしまった。
……私のせいだ。
さっき詠さんが言っていた。
『あのバカは雛里の為に戻ろうとしてる』
『自分はいらない存在だからって……ずっと苦しんでる』
『それでも笑って笑って、道化師みたいに笑い続けて……意地張ってばっかりなのよ。秋斗と、同じように……』
この人は“彼”とは違うけれど、根本的なところは変わらない。そうなる事を考えていなかった私のせいで、今のこの人すら苦しめてしまった。
自分がいらないなんて……そんなこと言わないで欲しい。
辛い記憶も、悲しい思い出も、縛り付ける自責の鎖も、何もなくなったあなたは自由に生きていいのに。
私なんかに縛り付けられないで、もっともっと沢山の人を幸せにして、自分も幸せになっていいのに。
どうしてあなたはいつも、誰かの為にしか戦えないんですか……。
聡いこの人は、きっと私の思惑に気付いている。黒麒麟に戻したくない事に気付いている。
私の願いを無視してで
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