彼女の為に、彼の為に
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ない。彼が傍にいるだけで思考が乱れて纏まらない。
ダメだ。我慢しないと。振り向いたらダメ。今振り向いたら……
「綺麗な夕空だなぁ……」
のんびりと紡がれた声。彼は遠くの夕日を眺めているようだ。
戦場とは真逆の場所を眺めて、何を想ってるんだろうか。
ふっと懐かしい記憶が頭を掠めた。
城壁の上、たった一人で自分が散らせた命を確認していた大きいけど小さな背中。曖昧で朧げな夕暮れの世界に溶けて消えてしまいそうな彼。
思い出して不安が胸を襲う。
ゆっくりと、私は抑えられなくて振り向いてしまった。
大きくて、でも小さく見える背中が印象的だった。胸が締め付けられる。
一歩踏み出した。二歩目で、脚が止まった。止められた。
ダメだ。ダメなんだ。これ以上は……。
無理やり振り向いて、また藍色の空を眺める。少しだけぼやけて見えた。それでも、彼と見上げた時と変わらない綺麗な空。
「夕暮れの空は綺麗過ぎて……寂しくなります」
どうにか紡いだ声は震えていなかった。言葉に乗せるのは“彼”への想い。
短い時間しか現れない藍と橙の空。儚く闇に溶けてしまう空は、何処か彼と同じだと思える。
空のような人になりたい、と彼は言っていた。乱世でしか生きられなかった彼は……きっと日輪にも真月にもなれなくて、宵や黎明が切り取った一重の瞬刻に現れる藍橙の空。
「……直ぐに消えちまうもんなぁ」
「……はい」
今の彼には、そんな人になって欲しくない。日輪が弱った時、代わりに世を照らす真月に……月ちゃんとあなたの二人ならなれる。あなたも月ちゃんも、もう華琳様と同じです。だから、全てを包み込む空にはならなくていい。
幾分の沈黙。どちらも背を向けたままで言葉を発さず、濃くなる藍に染められていく。
聞いておかないとダメなことがある。言っておかないとダメな事がある。話そうと思っていた事柄を思い出した。
「一つ質問をよろしいでしょうか?」
「……なんなりと」
緩い声は彼のモノ。冷たさの見当たらない、普段通りだった彼のモノ。違うはずなのに同じだから、また私の胸が痛んだ。
「あなたは……どうして其処までして戦うんですか? 救える可能性は低く、自分の命さえ散らしてしまうと分かっていたはずです。結果を見れば確かにあなたは生きていますが……一歩間違えばどうなっていたことか……分からないあなたではないはずです」
まるで洛陽の焼き増し。私が止めても利を優先して行ってしまったあの時と……同じ。否、もっと酷い。
光の差さない暗闇の中で欲しいモノを探すように、彼は一分にも満たない可能性に賭けたのだ。
それがどれだけ異常な事か、分からない彼でもないはず。
私の為に、戻る為に黒麒麟の真似
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