彼女の為に、彼の為に
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したこの人と目を合わせても、視界がぼやけていた。
「……あなたはもう、嘘つきにならなくて、いいのに……」
この人の示した策の方が彼らしくて、でもどうしても、壊れて欲しくなんてなくて……言葉を紡ぐ。
「私が代わりに、嘘つきになるはずだったのに」
優しい色が浮かぶ瞳を直視していられなくて、自然と顔が俯いた。
涙を零さないように、瞼をぎゅっと閉じて蓋をする。
「どうして……あなたは、あの人になろうと、するんですかっ……」
ひくつく喉から声が漏れた。
この人が行く道は秋斗さんの影に沈んでいる。
ズレてしまった歯車は噛み合わなくて、誰かに期待を込めて求められ続ける。他者の願いを詰め込んで詰め込んで……そうやってまた、自分を生贄に捧げようとするしかない。
「記憶が戻ったら、今の自分は消えてしまうかも、しれないのに。
せっかく戻っても、彼が壊れてしまうかも、しれないのに。
引き連れた想いの重責に潰されて、生きることすら、やめてしまうのにっ……もう……いいじゃないですかっ」
縋り付くように手を伸ばす。戻ってほしくないから、私はそれを望んでなんかいない……から。
「あなたは、あなたとして生きて……? それがあなたの望む平穏の為なら、演じてもいいです……でも……」
頬に両手を差し込んで、彼の瞳をじっと見据えた。
「……もうあの人に戻ろうなんて、しないで……?」
それでも優しい微笑みは変わらずに、私の心がビシリと痛んだ。
思い出の中にあったはずの笑顔が、この人の笑顔と被ってしまった。
「お前さんは優しいなぁ。こんな俺の為に、そんな必死になってくれるなんてさ」
頭を撫でる手は初めて出会った時のような暖かさ。
そんなことしなくていいんだ、なんて私の想いを否定しない。
ありがとう、なんて感謝を述べて、私の想いを肯定もしない。
――人の心を読み解く彼は、曖昧にしたまま温もりを与えてくれて、その上で……。
「なぁ……黒麒麟を愛してくれた女の子」
目の前に居る人は、確かに秋斗さんとほとんど変わらない。違うと示すのは、只々……誰かの為に。
「俺は俺として好きなように生きてるよ。世界で一番救いたいのは、笑顔が見たいのは……君だけなんだから」
嘘だ、なんて言えなかった。
ずっと求めていた温もりが、カタチを変えて此処にあったが故に。
変わらない彼の在り方に貫かれて、心の殻にヒビが入った。
「欲を出せばいいさ。意地っ張りは嫌いじゃないけど、俺は君に心の底から笑って欲しい」
あったかくて優しい声が耳に響く。いつでも私を癒して導いてくれた話し方。
「今の俺を想ってくれてさ……幸せを願ってくれるのは嬉しいよ。でも、
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