1話
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「引き留めたみたいで悪かったな」
「ん、全然問題なーし。私も楽しかったしね! またねー!」
別れ際まで元気よく、ぶんぶんと手を振りながら駆け出す少女――急ブレーキをかけて、体ごと振り返った。
「私は麻帆良中等部2Aの明石裕奈だよー! おじさんの名前はー!」
「衛宮士郎だよ!」
「名前おぼえたかんね! おごり忘れちゃヤだよー!」
今度こそ振り返らずに、坂道を駆け下りていく裕奈。
姿が見えなくなるまで振っていた手を下ろすと、急に冬の静けさが襲ってきた。ベンチに座り直し、木枯らしが吹くまま、音を捕らえる。来るときは肌を痛めつけていた寒さは、今はとても心地よい。
こうして座っていると、柄にもなく昔の事を思い出す。学生時代よりも、もっと前。記憶にある限り、最古のものを。感傷的に、あるいは感情的に。
養父は、とても疲れていたのだろう。それを肯定するように、見せる笑顔も疲れ切ったものだった。しかし、それこそが、士郎には誰よりも力強い笑顔に見えていた。それは今でも変わらない。折れながらも、夢を抱き続けた者の顔。誰が何と言おうと、どう否定されようと、間違いなく自分の根底になったそれ。
子供ではなくなった。けど、大人になれたかは分からない。ただ、昔よりは少しだけ、あの背中に近づけたのだろう。大きかった背中に。
「シロウ、今戻りました。……シロウ?」
背後からかけられる、セイバーの声。自販機が遠かったのか、それともわざと時間をくれたのか。
反応の鈍い士郎に、疑問符を浮かべた言葉を投げかけられる。それに、ゆっくりと落ち着いて返したのも、感傷の影響かも知れない。
「いや、ちょっと前までここに住んでる子がいたんだけどさ」
言葉とは、人が持つ意思を表現し写すものだ。自分というものは、口を開けば必ずそこに現れる。例えば、今の衛宮士郎に歓喜の感情があるとすれば――それは、語感が弾むことによって表現されるのだろう。今のように。
「その子に、おじさんって言われてさ」
「……」
「俺も、そう言われるくらいになったんだな、って思ったんだ」
低かった背が伸びた。声が低くなった。指が節くれ立った、などという事でもいい。そんな些細な、理想と現実の共通点を見見つけて、人は先に進める。いつの間にか、大きくごつごつとしたものになった手のひら。果たしてこれは、昔見た切嗣のような手なのだろうか――
「シロウ」
セイバーの言葉は、今度は堅かった。やはり、感情が映し出された、真剣みを帯びるそれ。
彼女は、ただ黙って士郎の背後に立ち、ベンチに缶コーヒーを置いた。
「まずはそのくたびれたコートを脱いで、無精髭を剃ってください。話はそれからです」
「……はい、ごめんなさい」
語感も内容も、叱責そのも
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