道化師が笑う終端
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の服の裾を握った。震える肩は誰かへの悲哀。彼女が想うのは、大切になった彼と彼女のこと。
「……やっぱり黒麒麟のマガイモノになっちまったのか、あの子」
自分と同じく、と彼は言わず。
きっと自分の知らない黒の切片を彼女が持っているのだろう。そして彼女の知らない黒の欠片を彼も持っている。
寂しげに笑う秋斗を見つめて、詠の涙が止まった。合わせられた黒瞳は濁りなく、そっと涙を拭いてくれる手が温かい。優しさが詠の心を僅かに満たす。
「……徐晃隊のバカ共に誘われたんだ。街に帰ったらゆえゆえとえーりん、そんであの子と一緒に楽しい時間を過ごそうってな」
「あのバカ達から?」
「うん、メシ食って酒飲んではしゃいで騒いで……きっと楽しいぜ?」
「……はぁ、まったく」
真面目な話を下らない話に。誤魔化す彼が示しているのは、任せておけ、という事だ。昔あった時間を取り戻すのなら、彼女の殻を破るしかないのだから。
呆れと嬉しさに、詠の頬が緩んだ。変わらない秋斗の在り方に、なんとかしてくれると思えた。
「ボクも楽しみにしとくわ」
「ん、それでいい。じゃあ……行って来る、えーりん」
「うん、行ってらっしゃい、秋斗」
二人の想いは一つだけ。どうか彼女の心が少しでも救われるように、と。
背を向ける詠の足取りは少しだけ軽く見えた。振り返って確認した秋斗は、ほっと安堵の吐息を一つ。後に空を見上げて、またゆっくりと歩みを進めていった。
漸く見えてきた物見櫓の上には人影が一つ。落ちる夕日でその後ろ姿が良く見えた。
風に揺れる二房の髪。とんがり帽子が印象的で、一度だけの邂逅でもしっかりと覚えている。
彼はゆっくり、ゆっくりと階段を上った。
そうしてついた一番上で、陣の外を見やる小さな少女に声を一つ……掛ける前に、彼女が振り向き、ペコリと頭を下げた……決して視線を合わせることなく。
「こんなところまでお呼び出しして申し訳ありません。そして……あの時に名乗り返しもせず逃げてしまってごめんなさい。姓は鳳、名は統、字を士元といいます」
気にしないでくれ、と伝える暇も持たせずに、彼女は顔を上げて彼を見つめた。
何を言おうか、何を話そうかと考えていた事も、彼女と視線を合わせただけで秋斗の頭から消えていく。
ドクンと跳ねる心臓。脳髄に思い出されるは彼女の満面の笑顔と絶望の泣き顔。
引き裂かれるような痛みから反射的に抑えた胸を握りしめて、苦笑さえ浮かべる事も出来ずに、彼は苦しげに眉を顰めた。
雛里は儚げな微笑みを浮かべて、桜色の唇から続きを流した。
「お久しぶりです……“徐晃さん”」
一陣の風に運ばれて届いた言葉は、今の彼を受け入れる為だけに紡がれた。
大切な思い出を全て
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