道化師が笑う終端
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最後まで袁紹で居なければ。麗羽のままでは死ねない。
呆れて離れて行けばいい。憎んで離れて行けばいい。自身の臆病が作った敗北は、自分だけの責としてまっとうしなければ、と。
王は死に方を間違えてはいけない。袁本初が王であるのなら、傲岸不遜で、自分勝手で、バカで、わがままでなければならない、と。
脚が震えているのに気付かれていないか、声が震えていないか。大丈夫大丈夫と口の中で呟いて心を落ち着かせていく。
くるりと、彼女は馬首を巡らせる。何をしている、と兵は思うも彼女の背を見つめるだけであった。
――こんな傲慢な姿を見せても離れて行かないなら……普通に話すしかないですわね。
いい兵達だ、と思った。兵を消費物のように扱ってきたが、彼らにも心があるのだと認識が深まる。
ゆっくり、ゆっくり彼女は馬を進めて行った。誰も従えず、誰も侍らせず、たった一人で。
「ど、何処へ……?」
堪らず問いかけた兵士の声は、不安をこれでもかと映した曖昧な声音。
振り向きもせずに麗羽が苦笑を零した。
「わたくしは華麗にして雄々しく、美しい袁本初。こそこそ隠れて逃げ去るなんて似合いませんわ。臣下の願いを聞き届けるのも王の務めなれば、臣下の意を押しのけて我を通すのもまた王。わたくしの臣下で居たかったのならば、あなた方も一つくらい命令をお聞きなさいな、おバカさん達」
麗しい声は凛と場に落ちて、鈴の音の如く脳髄に響く。
「汝ら、追い駆ける事を禁ず。直ちに終戦報告を伝えて回り、我が愛する袁の民にして同朋の命を……せめて一つでも多く救うべし。
……出来ないとは……言いませんわよね?」
言い切って、豪著な金髪がバサリと揺れる。
振り返った表情は妖艶に過ぎた。
嗚呼、嗚呼、と嘆息を漏らすモノ幾多。
御意に……と膝を付く者と、ギシリと歯を噛み鳴らして走り去って行くモノに分かれた。
袁の王の元に侍り、命を賭けて戦う事を禁ずる。それが袁紹としての最期の命令。敗北宣言の意味を持つそれは、王としての責務を果たす事を伝える。
臣下であるのなら、王の望みを叶えんと動かなければならない。故に彼らは彼女を追ってはいけない。
支える者を全て失った彼女は、この時になって初めて本物の王として立った。
奪われた事を怨む事無く、負けた事を誰かのせいにするで無く、人の命を扱っていたモノとして責を全うする為に。
孤独な背中に金髪が棚引く。たった一人きりの彼女を笑うモノは誰も居なかった。
一陣の風が吹き荒ぶ開けた場所にて、麗羽を待ち受けていたのは不敵に笑う覇王。
笑みを深めて、優雅に優美に、どちらともなく視線を合わせた。
「ごきげんよう、麗羽」
「ごきげんよう、華琳さん」
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