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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第十四話『猛獣使い』帰還せり
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に在った。
「また無茶をして、怪我は無い?」

「無事です。義姉上」
新城もいい歳なのだが、どうしてもはにかんでしまう。
「小さな頃から何時もそう。見栄を張って無茶をして、本当は何もかも恐くて仕方ないのに」
 蓮乃は泣き出しそうな声で云い。
「直ちゃん・・・」
 そして、堪えきれずに泣き出した。

 ――僕の
 ――僕の胸で、ねえさんが

 蓮乃の存在、その全てが直衛の内面で押し殺され続けているおぞましい衝動を煽る。
 だが新城直衛はそれらを全て微笑に収束させる術を完全に修得しており、千早の鳴き声が聞こえると意識してそちらへ注意を向けた。
「おいで!千早!」
 巡洋艦から運びだされた檻から飛び出した美猫は主人に甘えるように鳴いた。
 過酷な戦場を生き抜いた勇壮な剣牙虎のそれに、一同は笑いに包まれた。
 変わらぬ――故国だった。


三月七日 午後第五刻 皇都 馬堂家上屋敷応接室


「――死んだ、と決まったわけではない、まだ希望はある、と考えてよいのだね?」
 五十前の紳士然とした男が尋ねた。
「俘虜の確認がとれたら、生存の確認がとれます」
 馬堂豊守は、駒城家が手を回して彼を准将へと昇進した意味を無視して生存を断言した。
「うむ、素直に無事を祈らせてもらうよ。
彼が生きていないと我々の政略が狂う、というだけでなくね」

「娘さんの事ですかな?」
 豊長が口元を緩めて尋ねる。
「む……そうでもありますがね、そもそも、そうなったのは私自身もあの若者を買っているからなのですよ」
 故州伯爵・弓月家の当主である弓月由房は、決まり悪そうに咳払いして云った。
 彼の次女は馬堂豊久と婚約を交わしている。
「えぇ、それは承知しておりますとも。
で、あるからこそ此方の馬鹿息子の我儘に付き合ってくださってるのですから」

「あれも彼のことを気に入っているようだからな。だからこそ、無事でないと困るのだ
――まぁ今更だな、この件に関しては私にできることなどもうない」
 そう言って真剣な表情に戻るとこの屋敷でなければ口にできない内容を言い放った。
「この戦争、私には兵馬の事は分からぬが、それでもこれだけは銃後のものとして理解できる。
御国の現状は非常に危ういものだ。――何しろ頭がまるで機能していないのだからな」

「――それは、また大胆な物言いですね。
官庁の中の官庁を牛耳る御方の言葉と考えるとお互い耳が痛い、と言うべきでしょうか?」
 一拍おいて馬堂豊守准将は苦笑しながら云った。
 弓月伯爵家は、皇主が古都である故府に御座した時代から仕えていた家であり、彼自身も五将家の閥に属さず州政局次長・天領知事・警保局長と内務省の顕職を渡り歩き、内務省第三位の席である内務勅任参事官の地位へ至った
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