第ニ話。富士蔵村の噂 前編
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血相を変えて走ってきたのは、やっぱりアランだった。
「丁度良かった、アラン。境山の噂を何か知らないか?」
抗議をスルーして尋ねてみるが、アランは俺にイライラしているみたいだ。
プイッ、と顔を背けられた。
「何で僕がお前にそんな事を話さなくちゃいけないわけ?」
ヤレヤレ。
不貞腐れてしまったようだな。
仕方ない、べらべらと話したくなるようにしてやろう。
「キリカ、キリカ」
小声でキリカを呼び、ツンツンとその腕をつつく。
キリカはうん、と頷くとアランの方に体を向けて囁いた。
「アランくん、何か知らないかにゃ? それと、一緒に御飯食べよ?」
「このアラン、キリカさんの為ならなんなりとお答えしましょう」
変わり身早えな!
白雪に対する武藤みたいな変わり身の早さだ。
アランはすっごく嬉しそうな笑顔で学食で買ったパンの袋を開けている。
その姿を見ていると、憎めないヤツだな、と思ってしまう。
「んで、アラン。何か知らないか?」
「おう!」
すっかり上機嫌だ。
アランの目は今、ぽそぽそと小さな口で御飯を食べている一之江の方に向けられている。すっかり鼻の下を伸ばしている辺り、あのお人形さんのような清楚な食べっぷりにドキドキしているんだろうな。
うん、イケメンの顔が台無しだな。
以前、キリカが言っていたが女子からのアランに対する評価は『アランくんって顔はいいよねー』というものらしい。
顔は……って、女の子って怖いな。
そんなアランだが、本人はそう言った周囲の評価に気づいていないようだ。
うん、残念なヤツだな。
「『境山ワンダーパーク』の辺りに、村があったって噂、知ってるか?」
「あん? 境山にあった村って、『富士蔵村』の事じゃねーの?」
「フジクラ?」
「なんだ知らないのか。有名だぜ、富士蔵村」
「いや、俺の記憶にはないな。境山の事はあまり知らないんだよ」
一文字疾風の記憶には、境山についてはほとんどない。
境川についてならそれなりにあるみたいだが。
一文字の家からだと境山に行くより境川に行く方が近かったようだ。
「アランくんは山育ちで、モンジ君は川育ち、みたいな感じなんだ!」
キリカが面白そうな顔をして尋ねてきた。
「やっぱ、男は高い山を目指さないといけないわけだよ、キリカさん」
アランが俺の方を向いて、ニヤっとした顔で言ってきた。
山育ちじゃないと思って馬鹿にしてるのか?
よし、なら受けてやろう。
ヒステリアモードの俺は、アランの言葉を鼻で笑いながらキリカに告げた。
「いやいや、雄大な川の流れのように落ち着きを持たないとな、キリカ」
「あははは! 私は山も川も好きだよ?」
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