第18話:疲れた心に癒しを(前編)
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め始めた。更に知子の顔が近づき、先ほどの眩暈に似たような症状と胸と喉に何かつっかかるような気分を感じた。
「だ、大丈夫だから」
俺は、押し寄せる気恥ずかしさに耐え切れず、右手で額に添えられた知子の左手を引き剥がした。
「え……あっ」
小さく知子の口から声を漏れ、その後に小さく何かに気がつくようだった。冷静さを取り戻して、いままで自分がしていた事を思い出しているのだろうか。俺の顔を見て、知子の顔はみるみる真っ赤になっていった。赤くなった顔を茹蛸のようにと形容すると、まさにこの様子を指すといえよう。
俺たちは、そのまま顔を離しも近づきもしなかった。静寂が俺たちの間に訪れ、二人の間にくすぐったいような痛いような空気が包んでいる気がした。この空気は、俺は覚えているような気がした。そう、県大会の知子のレースの後で―――
そこまで俺は考えて、俺は頭を振り、右手に握っていた小さな知子の手を離して、
「じゃ、じゃあ、俺急ぐからまた後でな!」
「え、あ、こら! 待ちなさい! ……もう」
俺たちを包む雰囲気の心地よさに飲まれる前に、俺は知子をその場に残して、自転車置き場に向けて走り出した。知子は俺を制止するように声を出すものの、後ろから足音は聞こえてこない。走りながらちらりと目をやると、知子はその場に立ち尽くしたままで俺を追いかけようとしなかった。その寂しげに立ちすくむ姿は、俺に「行かないで」と見えないメッセージを伝えているようだった。振り返って駆けつけたいという想いが、胸に残る苦しさと切なさと共にぐいぐいこみ上げてくる。そんな後ろ髪を引かれる思いを振る払うべく、自転車置き場を目指した。
(どうして、俺は知子にああいう感情が湧き上がったのか……)
自転車に乗って一路学校へ向かう道中、俺は何故あんな気持ちになったのかを考えていた。それに少しだけ、もう少しだけ、ああしていたかったと小さく悔やんでいる自分にも気づかされた。
この感情を総括して、一つの可能性に行き当たった。
(まさか、俺は――――)
と、具体的にその可能性を文字に浮かべようとする頭を俺は頭を振って止めた。駄目だ、その感情だけは駄目なんだ。万に一つ、それが叶ってしまえば、アイツはきっと幸せになれない。
(疲れもピークになれば、情緒や思考回路に異常が生じるのは前世でも経験済みだ。今回も、疲れが引き起こした気の迷いなんだ! 疲れさえ取れれば、この感情は幻だと分かるはずだ!)
俺は余計なことを考えないよう、ハンドルを力いっぱい握り締めペダルを一心不乱に漕いで全速力で学校に向かう。胸の奥に残る感情のしこりが口に出ないように、奥歯を噛み締めながら。
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