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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第五十六話 朱に染まる泉川(下)
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「どう転んでも貴方のいつも通りの戦争じゃないですか、北領の大隊長殿の苦労が偲ばれますな」
 憎々しげに言う首席幕僚に大隊長が無感情に言う。
「君も好き好んで軍にいるのだから楽しんでみてはどうだ」

「生憎ですがおおっぴらに楽しめるような器ではありませんので」

「そうか、いや君ならばできるのではないかと思ったのだがね」
 互いに吐き捨てるような言葉が飛び交う友好的な空気に猪口は平然と割って入る。
「大隊長殿、行軍の用意が整いました。はぐれていた連中も各中隊で面倒を見させております」
 遊兵――要するに撤退の最中に逃げ遅れた不幸な兵達――となっていた者たちを新城は率先して自身の指揮下に置いていた。
第五○一大隊と第五旅団と統合した近衛総軍後衛戦闘隊は発足時には四千弱であったが現在では五千を超えている。
「拾った連中は使えそうか?」

「はい、大隊長殿。今は将校殿と下士官連中が面倒を見させて命令通りに動けるようにしております――現状のままであれば、問題なく動けます」
 言外にこれ以上は支障が出るといっていることは新城にもわかった。
「後々、導術兵の再配置を行う、拾った連中のなかに導術がいたらすぐに報告をよこすように徹底しろ――またこのあたりに戻るころには拾うべき兵共が増えるだろうからな」
 龍州軍が秩序だって後退しきれるなどと新城は考えていない、むしろ陣地から出た事でより被害を受けるだろう、後退するという事は軍隊においてどれ程難しい物なのか新城は知悉している。
 だからこそ、もはや誰も彼もが目の前の戦闘に没入している、もはや政治が絡むこともない、少なくともこの龍州にいる合間は――誰も彼もこの地獄の最中で足掻きつづけなければならないのだから。





皇紀五百六十八年 七月 二十六日
午前第零刻 〈帝国〉本領軍 第9銃兵師団 第23猟兵聯隊方面
近衛総軍後衛戦闘隊 新城直衛少佐


 赤色燐燭弾がこれから始めることを予告するかのように新城直衛の顔を、泉川の地を朱に染める、第五○一大隊と近衛衆兵第五旅団の混成部隊は隊を二分し、片方は新城少佐の直卒、もう片方は藤森大尉の指揮下にて襲撃の用意を整えていた。
「打ち方!始めぇ!」
 円弾が次々と宿営地へと叩きつけられる、だが精度は決してよくない、それでも望遠鏡越しにその光景を見た新城は満足げに笑みを浮かべた。
「白色燐燭弾撃てッ!」
 今度は強烈な白光が天へと駆けのぼる。そしてそれに合わせるように泉川からも赤い光が天へと打ち上げられ、砲声が轟く。
 龍州軍も動いたのだ――だがその砲声は龍口湾の時とは比べ物にならないほどに弱弱しい、だがすべての戦力を一か所に集めている。
「砲兵は弾種・霰弾。前衛は現行隊列のまま砲兵斉射後に躍進、距離三百」


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