R.O.M -数字喰い虫- 3/4
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の言葉を聞いた春歌はパァッと顔を輝かせて、それがまた面白くて可愛らしかった。
しかし、ああ。
もうすぐここも崩れて消え去ってしまうんだ、と自覚する自分がいた。
陽だまりのように暖かいセピア色の思い出も、もうすぐ崩れ去る。
暖かさも柔らかさも、懐かしさでさえも、もうすぐ胸の内から全て消えてしまう。
わかるのだ。頭の中が、段々と空っぽになっていく。
十数年間の間に溜めこんだ記憶が、パズルが崩れるようにぱらぱらと虚空を流れていく。
もう二度と、手を伸ばしても届くことはない。
いや、直ぐに失ったという事実さえ私の中ではなかったことになるだろう。
これが私という世界の消滅なんだ、と、胸の奥が締め付けられた。
気が付くと、涙がぽろぽろと落ち、身体が震える。
ああ、そうか。私は怖いのか。
今更、『今まで』が無くなってしまう事が急に怖くなったんだ。
だって、自分の世界が消えるってことは自分が自分でなくなることだから。
記憶をすべて喪った時、私の意識はこの世から消滅してしまうのだから。
それはつまり、本質的には、『死』と同じ認識なのだから。
「ごめんね」
気が付いたら、そんな言葉が漏れていた。
ごめん、お父さん。あまり親孝行は出来なかったよね。
下着を別々に洗ってとか、臭いとか、嫌な事をたくさん言ってごめんね。
反抗的な子のままでごめんね
ごめん、お母さん。家事手伝い、ほとんど全部押し付けちゃった。
もっと手伝ってあげればお母さんが腰を悪くすることなんてなかったのに。
気が利かない子のままでごめんね。
そして――
「ごめんね、春歌ぁ……えっぐ、わたし、わたし……ずっ心配してくれてたのに、結局数字を食べる芋虫が怖くて………思い出よりも、消してしまいたいって思いが……っ、勝っちゃっ、た………!!」
私はもう、生きていることが辛いから。
こんな暖かい想いでさえも捨てる事で助かるのなら、と――思い出と天秤にかけて、捨てることを決めた。決めてしまった。
もう、『私』はあなたとお話も出来ない。
過去を振り返ることも、共に歩むことも。
なぜなら、私の世界はもうすぐなくなってしまうから。
「――美咲?」
教室の椅子に座る春歌と、部屋の入り口から私を見つめる春歌が、重なった。
本当なら伝える事は沢山あったのかもしれないけれど。
最期に春歌の顔が見れたんなら、それもいいかなって。
「バイバイ、春歌。わたしの大好きな友達――」
ぶつり、と何かが切れる音がする。
ああ、これで私は――やっと、解放される。
やっと―――。
―――――――。
―
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