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回天
第三章
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第三章

「速度が出ません」
「そうか。速度がか」
 黒木はそれを聞いて沈んだ顔になる。そのうえでまた言うのだった。
「はい。今一つ伸びがありません」
「わかった」
 それを聞いて頷くのだった。
「それならば。そこを改善していくか」
「また見直しですね」
「当然だ」
 今度は仁科が落ち込む顔になるがそれに言葉を返したのは黒木であった。
「わかっている筈だ。俺達はこれに命をかけている」
「はい」
 それはもう誓い合ったことだ。しかし今はそれをまた言わなければならなかったのだ。全ては回天の実用化、そして日本の為にだ。
「だからだ。何事も惜しんではならないのだ」
「そうでした」
 仁科もそれを思い出す。思い出しそれを噛み締める顔になった。
「申し訳ありません、私が間違っていました」
「謝る必要はない」
 それはよしとした。
「わかれば何をするべきかだ」
「そうでした。それでは」
「そうだ。すぐに再び設計図を見直すぞ」
 話はそこに戻った。
「そうして速度をあげる。いいな」
「わかりました」
 彼等はまた設計図から見直す。そうして再び回天を調べて速度をあげるべく不眠不休で働きだした。過労で倒れそうになろうとも彼等は勤しむ。全ては彼等の志の為に。
 そんな日々が続き回天の開発は進んでいた。しかしそんな中でのことだった。
 黒木が乗っていた回天が沈んだ。そのまま浮かんで来ない。翌日黒木が乗り込んでいた回天が引き揚げられた時にはもう黒木は事切れていた。しかし彼はその手にペンを握っていた。その手許には文があった。そこに書かれているものは遺書であった。言うまでもなく黒木の書いた遺書である。
「大尉殿、死を前にして」
 仁科はその遺書を見て言った。黒木の顔は意を決した顔でそこには苦しみを越えた清らかささえあった。彼は本当に死を受け入れたのだ。
「この様なものを」
「何と書いてあるのだ?」
 同志達が遺書を手に持っている彼に問うた。
「大尉殿は。何と」
「読んでくれ」
 仁科はその遺書を彼等に手渡した。
「俺には。もう」
「俺には?」
「読むことができん、済まん」
 声が泣いていた。そう言いつつむせび泣いていた。
「これ以上はな」
「そうか、わかった」
 同志達は彼のその涙を受けた。全てを察して。
「では俺達が読もう」
「それでいいのだな」
「ああ、頼む」
 そう言って俯く。涙は必死に堪えているがそれでも限度があった。
「俺はここで聞いておく」
「わかった。それではな」
「読ませてもらおう」
 しかしその彼等も読んでいるうちに次第にその言葉を消していった。声が詰まりその声がすすり泣きに変わっていく。仁科はそんな彼等を見て只事ではないのを感じ取った。すぐに彼等に対して問うのであ
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