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クルスニク・オーケストラ
第十三楽章 聖なる祈り
13-3小節
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欲する行動に従って生きていた』

 それは……《レコード》が疑似的な人格を作ることで、ジゼル自身の人格を防衛してたんじゃ……

『《記憶》にはいくつか種類がある。肉体の記憶、精神の記憶、魂の記憶――ってね。《レコード》とは魂の記憶だ。魂に刻まれるほどの、そう、未練。でも今のジゼルに魂はない。ここにいる彼女はいわば、ジゼルの肉体そのものの記憶であり、肉体に蓄積された記憶をベースにした人格。《クルスニク・レコード》に左右されない、ジゼル・トワイ・リートの本性なんだ』

 本性……誰かが反芻するように呟いた。

「――人の本性とは」

 クロノスがオリジンに並びながら後を引き取る。

「大方が利己的で、身勝手で、欲に塗れている。どんな聖人でもその装飾を剥ぎ取っていけば、現れるのは我欲よりさらに深い《我》だ。我がの何某かを望む拘泥だ。有史以来、そうでない人間など一人もいなかった。死して魂が抜ければ《我》だけが残る。《我》だけで動く肉塊があるとしたら、それはヒトではない。自己保存を優先するケダモノだ。ただ」

 クロノスがジゼルを一瞥し、舌打ちせんばかりに苦々しい表情をした。

「この女は例外中の例外らしい。装飾だけでなく、本性さえ他者の幸福への《祈り》だとは。感心を通り越して恐れ入る。本性に《我欲》がないこの女はもはや人間の域にない」
『いいや、人間だよ』

 クロノスの批評にオリジンが穏やかに口を挟んだ。

『人間だからこそ、ジゼルはこの域に至ったんだ。苦痛を強いられ、白眼視されながらも、友情を築き、恋を知り、信頼し合ったからこそ』

 だいすきでした――頭にリフレインする、「ジゼル自身」の声。
 俺への気持ちもジゼルの助けになっていたのか?

『ジゼル・トワイ・リート。君は君の《祈り》のためにその身を差し出せるかい?』

 彼女は、肯いた。

「どうやら自ら最後の一人になって、残る骸殻能力者の因子化も解除する腹積もりらしい」

 最後の時歪の因子化。
 それが意味するところなんて、分かりすぎるくらい分かってた。
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