道化師が繋ぐモノ
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声で途切れ、聞かなければと、身体も頭も停止する。
――これ以上聞いたらダメだ。耳を塞げ、彼女の声を聞くな……そうしないと、夕が居なくなってしまう。
そう思っても、どうして愛しい彼女の声を聞かない事など出来よう。
塞げるわけがない。ずっとずっと彼女の言葉と願いに耳を傾けてきたというのに。
「秋兄……居るの?」
「……ああ」
次いで、見えない視線を彷徨わせる夕を、明は緩く抱き起こして彼の方に向けた。
一歩、二歩……三歩で秋斗は前まで来てしゃがむ。黒瞳が合わされる。自然と……ポン、と頭に手を置いた。
ふっと緩めた表情は優しく、先程までの戦いが嘘のよう。血を拭う事もせずに、彼は無言のままで夕の黒髪を手で梳いて整える。
「……明、いつもみたいに、普通に話がしたい。秋兄も混ぜて、話してみたい」
心地よさそうに目を細めた夕は、ただ平穏を願った。
彼女の願いを聞かない事が、明に出来ようか。
――やめて……
那由多の彼方の希望であろうと縋るから救わせてくれと泣き叫ぶ心は、もう助からないと理解している脳髄が抑え込もうとして乱れる。
――救わせて……
泣いて縋って喚いて叫んで、そうすれば彼女が助かるなど、有り得ない、と。せめて自分がするべき事は、なんであるのか、と。
――あなたを……救わせて。お願い、だから……
零れ落ち続ける涙を抑える術を、明は知らない。
グシグシと拭って、また泣いて、また拭って……
見えなくとも笑顔を見せたいと思っても、出来なかった。
叶う事の無い平穏の時間がさらに遠のいていくと分かっているのに。
「あの……ね……秋兄は、さ。き、記憶を、失ったんだって。劉備軍に居た、時のこと、覚えてない、んだって」
せめて、と。明は言葉だけでも紡いでいく。荒い息で、叫びそうになる喉を無理矢理に叱咤して。
一寸だけ目を見開いた夕の視線が彷徨う。しかして、直ぐに思惑を読み取れたようで、口の端を緩めた。
「……だから、さ。夕は、まだまだ、一番になれるん、だよ?」
「そう……じゃあ、こう言おう」
不思議な視線、光が強まったような、幾多の感情が渦巻く黒の瞳が秋斗に向けられる。見えない視界でも、確と彼の瞳を射抜いた。
「私の名前は、夕。初めまして、優しい人」
姓も名も字も無い、ただ一つの存在証明である真名を、彼女は名前として彼に届けた。
「……初めまして、優しい女の子。俺の名前は秋斗」
「ん、秋兄って、呼ばせて?」
「構わんよ。明にもそう呼ばれてるし」
苦笑交じりの、他者を慈しむ低い声。平穏を楽しく過ごす彼の声。さらさらと黒髪を撫でつけて、ニッと彼は笑ってみせた。
「秋兄、私は、優しくないよ? ただわがま
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