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二つの顔
第七章

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第七章

「それじゃあ」
「絶対に。それでどうなんだ?」
「駄目な筈ないじゃない」
 微笑んでの言葉であった。
「そんなの。駄目な筈ないでしょ」
「それじゃあチャンピオンになったら」
「チャンピオンじゃなくていいわよ」
 それはいいというのである。実際に彼女はそう思っていた。これは事実である。
「別に。裕典君がそう言ってくれただけで」
「俺が言っただけで?」
「それだけで充分だったのよ」
 そうだったというのである。
「それだけでね。けれど」
「けれど?」
「言っても聞かないわよね」
 こうした時の彼のことはよくわかっていた。伊達に付き合っているわけではない。それでわからない筈がなかった。わかっていて付き合っているのだからだ。
「いいわ。じゃあね」
「チャンピオンになったらだ」
「ええ、チャンピオンになったらね」
「結婚しよう」
 また杏奈に言ってきた。
「その時に」
「ええ、それで」
「二人ずっと一緒にいよう」
 こう言い合うのであった。二人は今確かに約束した。一生の誓いをである。
 そしてその試合の時が来た。会場はこの日も興奮の坩堝であった。
 その興奮の坩堝の中でだ。杏奈がいた。この日も試合を観に来ていたのだ。
「ねえ」
「いよいよね、彼氏」
「世界タイトルね」
 一緒に来ている同僚達が口々に言う。
「その時が来たけれど」
「どう?今日は」
「いけそう?」
 こう彼女に問うのである。
「相手は世界チャンピオンだけれど」
「かなり強いけれどね」
「勝てるの?」
「勝てるわ」
 それはいけるというのである。杏奈の言葉ではである。
「だってね」
「ええ、それは」
「どうしてなの?」
「裕典君だからよ」
 だからだというのである。
「絶対に勝てるわ」
「相手が世界チャンピオンでも?」
「それでもなの?」
「もう世界チャンピオンよ」
 彼のことであるのはもう言うまでもない。
「だからね」
「勝てるっていうのね」
「何か凄い根拠ね」
「勝てるわ」
 また言う杏奈だった。
「まあ見ていなさいって」
「そこまで言うんだったらね」
「見させてもらうわ」
「こっちもね」
 同僚達も彼女のその言葉を受けて言った。そうしてである。
 リングに彼が来た。あの狼の如く鋭い顔になっている。杏奈はその彼の顔を見てうっとりとさえしてそうしてまた言うのであった。
「あの顔なのよ」
「あの鋭い顔がいいのね」
「あの顔が」
「もう最高よ」
 彼氏の顔をこれでもかと褒める。

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