黎明の光が掃う空に
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光。
彼は知らない。始まりの戦場からの帰路で、彼を愛する少女がその名を付けた事を知らない。どれだけ血みどろの戦場を共に駆けてきたのかも知らない。
部下に突撃を命じる度に、ギシリ、と握られる手綱。黒き毛並みの上で震える身体と脚。敵を殺して、楽しげに上げているはずなのに悲哀に渇いている声。
その全てを、正しく聴いて来たのは月光だけ。
故に、月光は今の彼を認めはしない。乗せてもいいと思えるのは、覇王や夜天の主と同等な想いを宿すモノのみだと。
キィ……と開けられた柵に、月光は目をやった。
主とは違うモノが其処に立っているのを見て、小さく嘶いて不足を示した。
人払いが行われた厩で、遠くに明を待たせた状態で、彼はゆっくり、ゆっくりと近付いていく。首を上げて見やることすらせずに、月光は嘶きだけで帰れと示した。
話を聞いた。優しい優しいその男は、この官渡で毎日のように話し掛けてきた。哀しい表情で、寂しそうな表情で、動物相手に無駄な事だと断ずることなく。
前々もよく話をしてくれはしたが、今の彼の声を聞く度に月光の苛立ちは増すばかりだった。
しかし今日は少し違った。
前に立った黒は、しゃがんで月光の瞳に目を向ける。
「よぉ、月光。お前さんは死ぬ覚悟があるかよ?」
吊り上った口角と、楽しげな声に寂しさを宿した彼が、嘗ての主とダブって見える。
彼のそんな不敵な笑みを見る度に、月光は戦場を駆けてきたのだ。やはり戻ってはいないのだが、いつもとは違う空気に、瞳を彼の方に向けてやった。
「救いたい奴が居る。お前さんと俺しか救えない奴だ。覇王の命令は無い……ただの俺のわがままで助けに行くだけだ。行った先じゃあ俺もお前さんも死ぬ確率の高い戦いになるだろう」
真っ直ぐにしたい事を話すのも彼と同じ。
意味は分からずとも、固めた意思の強さが伺えて、話を聞いてみようと首だけ上げた。
「お前さんの主、黒麒麟のしたかった事を手伝えなんて言わねぇさ。ただ……俺も一緒に繋ぎたい想いがあるんだ」
黒い黒い輝きが渦巻く瞳は透き通っていて、初めて出会った時の主に似ていた。
この男ならば乗せてもいいと思えた始まりの戦は記憶に遠く。
月光も、ずっとソレを耳に入れて来たから……この男は“彼”でなくとも“彼ら”と同じなのだと、気付く。
「命を賭けてでもやんなきゃならん。その為に……お前さんの力、貸してくれ」
最後にぽつりと、彼の唇が震えた。
――乱世に、華を……咲かせよう。
片方だけ紡がれた指標の言葉を耳に入れて、月光は身体を起こした。
何度も聴いて来た大切な想いを口にするのなら、ただ一度だけ駆けてやる……そう言いたいかのように尊大に、大きな身体を震わせ、彼の胸を一度だけ頭突いた
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