第1話 天狗、山を下りる。
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儂も慈悲がないわけではない……女、最期に名を聞いておいてやろう」
そこへと、彼女より先に町娘が叫ぶ。
「か、景虎様……お逃げになってください……!」
「!?……景虎だと? 景虎と言えば、この春日山の……!?」
「いかにも私は景虎だ。そしてそれが上杉の名を継ぎし者の名だ」
虎…………?
虎の字に反応して、彼女の顔を見る。一瞬見覚えがある凛とした女の子の顔を思い出した。
チリン……。
鈴はあの女性を示している。彼女が……。
「ほざけ、地獄で我が名を広めるは貴様よ!我こそ……」
ざしゅっ――
「…………!?」
……その男が倒れたのと、完全に意識を失ったのは、ほぼ同時だった。
鞘走り、抜き身の構え、間合いの詰め、気練、鋒尖の煌き、そして納刀。
そんな『斬る』という一連の挙動が、一瞬の内に収められていた…… 。
「う……ん?」
「目覚めたか?」
「あ……貴方は、あの茶店の……?」
「ふむ、その記憶はあるようだな。ここは私の屋敷で、そして私が、お前をここへと運んだ。これで疑問は解けたか?」
「え、えぇ……大方は理解しました。恥を晒した上にその面倒まで見てもらって……本当にすみません」
「確かに、果たし合いで空腹に倒れる男は初めて見たぞ。お前のお手並みを拝見といきたかったのだが……それは、次回の楽しみということになりそうだな」
「……? 俺はまだ全部を呑み込めていないらしい。……次回とは、なんのことです?」
「うむ? お前が今言ったことだろう、私はお前の面倒を見た。ならばお前はその礼をするのが道理であろう?」
「それは、その通りですが……しかし、俺がなんの役に立つのですか?」
「山で辛い修行を乗り切り、此処へ降りてきたのだろう? ならば何かしらと役に立つはず。お前が我が軍の動きに付いて来れぬと判断した場合、容赦なく切り捨てるがな」
そう言って景虎は颯馬を見る。
「……以上が、私の腹積もりだ。さて……返答は如何に?」
………彼女の申し出を、なぜか受けなければいけない気がした。彼女が本当にあの子だと言うなら……俺は彼女を助けなければいけない。それが、今の俺の生きる意味だ。誓いを果たさなければ。
「この天城颯馬、微力ながら上杉家の為に全精力を傾ける所存です。若輩者の身の上なれど、修行で授かった技のすべてを……惜しまずに出し尽くします。ご期待下さい」
「…………」
「…………」
長い沈黙が続き、互いに瞳を覗き込む。
「よし……その言葉、この景虎がしかと聞き届けたぞ。今の誓いに恥じぬ働き、我が戦の中で示すがいい。しかし案ずるな、お前にはこの景虎が共にある」
そう言って、彼女はふと頬を緩めた。
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