第1話 天狗、山を下りる。
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が水を撒いたところに、お武家様がたまたまお通りになっただけのことで……」
「それが我慢ならん。儂が向こうから来ること、わからなかったわけでもあるまい?」
「それは……その……先ほどここをお通りになった景虎様のことを考えておりまして……」
俺は男の前に立ちはだかる。
「おいおい、その辺で止めておけって」
「なんだ、貴様は……余計な口を挟むでないわ!」
「武家の務めは民を守る事じゃないのか? 私情を持ち込むなんて腰の刀が泣くぞ?」
「黙らんか……小童がしゃしゃり出てくるものではないわ!」
「ああ、そうですか……」
人というものは、それぞれに縄張り意識が違うからめんどくさい。山で会う猪などのほうが、まだ対処は楽だ。
まあ、刀さえ抜かせる隙を与えなければ、なんとかあしらえるだろう……。
などと進退を決めて、気合を入れたのはいいのだが。
「う……っ……?」
気合を入れた途端、身体は空腹で一気に支配されていく。
ああ、そう言えば、注文すらしてなかった。
最後に食べたのは……もう忘れた。天狗になってからは腹があまり空かなくなり、週に1という周期で食べていれば平気だったが……。
「どうした、足が竦んだか?ならばそのままで居ることだな……ふんっ!」
「うぐっ……!?
土の付いた草履が鳩尾を強打し、立居もままならなくなる。
不甲斐なくも、あっけないほど簡単に地面へ伏してしまった。おまけに、意識までくらりと遠のいていく。
あれ、そういえばさっきまで話していたあの人はどこに……?
「下郎、そこまでだ。その者から、そしてその娘からも手を引け」
「なんだ、そこでずっと傍観しておったのか?女だてらに大層な格好をしておるかと思えば……」
「その者が事態を収拾するならば、私の助力などは必要なしと思ったまでのこと。しかしどうやら、空腹には勝てなかったと見える」
「…………!?」
耳を疑ったが、その声はさっきまで話をしていた あの人のものに間違いなかった。
穏やかな声だった為、違和感を拭えなかったが……言葉に乗る凛とした響きは、確かにあの人の生み出すものだろう。
そんなことに気を取られているうち、男は娘を向こうに押し遣り、腰に差していた刀をとうとう抜いてしまった。
「きゃっ……!?」
娘が力なく尻もちをつく。僕は地に伏したままで、せめて『逃げろ』と一言叫びたかったのだが……うまく声が出なかった。
「女、余裕ではないか……死角より儂に懸れば、まだ勝機はあったのかもしれんのだぞ?」
「下らぬ、不意を衝いての勝利などなんの誇りにもならぬ上、お前と同じ畜生と成り果てるだけだ。不義は正面により討ち果たすが道なり……」
「ふん、志だけでは世を渡れぬこと、命を駄賃に教えてくれるわ……しかし
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