第1話 天狗、山を下りる。
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ある誓いを立て、数年の時が流れた。
チリン……。
その鈴は、ある日を境に、低く、重い音しかさせなくなっていた。この鈴は、ある人の心の状態を示している。その人の心が満たされておれば、高く鳴り響き、美しい音を、その人の心に憂いがあれば、低く重い音を鳴らす。今、この鈴からは後者の音を響かせている。
何かあったのだ……彼女に、何かが。
助けを求めていると思った。ならば、行かなければ。
俺は……山を離れることに決めた。
誓いを果たすために……。
まとめた荷物を手に立ちあがる。軽い――正直言って心もとない。
『行くのか?』
「はい。恩も返せず申し訳ありません」
大きな体に長い鼻……そして、これはまた大きな鳥の翼。俺を拾い、育ててくれたお山の神――天狗だ。
『恩など感じる必要はない。儂は戯れに人の子を拾い、育てただけだ』
冷たく突き放すようにお師様は言う。しかし、その言葉の中に確かな思いがあるのを感じる。
「では、これにて」
深い森を歩きながら考える。此処にはもう戻れないと。
俺の命は最早山から貰った命だ。いずれは完全な天狗として山を守っていくはずだったが……。
カァ!! カァ!!
鴉が上から何かを運んできた。受け取ると、それは仕込み杖だった。
お師様が持たせてくれたのだろうと確信し、元来た道を振り返り、一礼する。
チリン……。
俺を呼んでいる人がいる。
いや、俺のことなど忘れているだろうが、それでも――。
「よし、この風なら……」
未熟な狗法でも飛べる。
崖から飛び降り、風を受けながら落下する。風を捕まえ、狗法を発動させる。
ふわりと風が体を受け止め、速度が緩やかになっていく。
落下しながら、ムササビのように空を滑る。
「おっと……」
着地の際に平衡を崩す。
「やれやれ、あれだけ修行してもこの程度か……」
数年前と変わらず、これでは浮遊の術だ。
「さて、と……」
鈴に念を込めて鳴らすと、鈴は響く。
チリン……。
「あっち、か……」
鈴が道を示してくれる。俺はそれにしたがって歩き出す。
『行け……颯馬よ。外道へ落ちし者よ……』
「(ふう……城にいると気が滅入ってしまうから、つい出てきてしまったが……)」
国人衆の動きに不穏なものがある。できれば戦は避けたいところだ。
「あ、景虎様」
「皆、変わりないか?」
「ええ、特には。此処の城下は相変わらずでございます」
「そうか。ならば良いのだが……何かあるようなら報せてくれ」
町を歩きながら、皆の笑顔がいつもと変わりない様子に安心する。
城にいると戦の
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