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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第五十五話 朱に染まる泉川(上)
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皇紀五百六十八年 七月二十三日 午前第六刻 龍州軍司令部庁舎
龍州軍司令部 戦務主任参謀 草浪道鉦中佐


皇紀五百六十八年の七月は、<皇国>陸軍にとって屈辱と悲哀と諦観の入り混じる長い一月であった。

 龍州軍と近衛総軍は事前の腹案の通り、後衛戦闘を担い、虎城防衛の主力軍から引き抜かれた集成第2・第3軍の背後を護る筈であった。
龍州軍は敗戦で負い傷を僅かにでも広げまいと、第15東方辺境領重猟兵師団と第5東方辺境領騎兵師団の攻勢を防ぎながら泉川へと逃げ込む事に辛うじて成功した。
 泉川は龍州の州都であり、集成第二軍が東州へと渡る際に使用する龍州最大の港湾都市・上泊 虎州を経て皇都へと通ずる二大交通路である皇龍道・内央道の起点となる龍岡と陸・海運の要所へと通ずる交通の要所であった。
 無論、南北にはそれぞれ友津・盟塚を経由する街道があるが、亢龍川を渡る際に利用する橋の規模や、河川水運の状況などから、<皇国>軍が龍口湾に投入した軍は統制が効く限りはほぼ全軍がこの泉川へ集結する事になった。
 幸いと云うべきか、内務省と衆民院が推進した疎開計画により、泉川は既に軍属の者以外は半強制的に疎開させられており、かつての龍州の州都としての華は完全に消え失せていた。
 急に泉川の中心地となった龍州軍司令部は空虚な市街地から外れた庁舎から市役所に場所を移し、参謀達はかつて文官たちが執務を行っていた場所の一部を借りてただ時間を稼ぐための方策を打ち出そうとしている。
「・・・・・・・・・・・」
龍州軍司令官である須ヶ川は顔面を蒼白にし、苛々と細巻を押し潰している。
「閣下、敵の主力前衛部隊が既に約十五里の距離に居る事を戦闘導術班が確認しました。
明日には交戦状態に入る事でしょう」
 草浪は常の通り、木で鼻を括った様な口調で報告を行うと、須ヶ川はピクリ、と体を震わせた。
「う、うむ。て、敵軍の接敵までにこちらの防衛の用意は整っているのかね?」

「はい、閣下。土嚢と塹壕は兵站部の事前の努力もあり、既に予定通りに築城を完了しております。尚、物資も龍爆の被害をうけぬように、地下に移動させているので、龍爆による被害は以前と比べて格段に防げるものと思います。
泉川にある程度集めていた後備兵によって、各隊も可能な限り補充を完了しております」
――とはいえ、どれほどの意味があるかは怪しいものだが。
草浪中佐は内心、嘆息する。
龍口湾の攻防戦は戦略的に観るのであれば辛うじて完敗を免れたとはいえ、異論をはさむ余地もない<皇国>の大敗である。強いて言うのならば戦術的にみれば五分ではあるが軍組織の規模からいえば長期的な視点から見ればほぼ無意味である。
とはいえ、当座の被害を防ぐと言う点からいえば龍口湾における戦闘の奮戦も無意味ではない。防衛線の主力であ
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