暁 〜小説投稿サイト〜
MA芸能事務所
偏に、彼に祝福を。
第二章
八話 昨年の冷たさ
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「痛み止め、今飲んでいるのか?」
「え? うん。鈍痛が楽になったよ」
 笑みで返す彼女を見て、私は本当に、どうしようもなく、偏に……自身を殺したくなった。
「いつから?」
「え?」
「いつからその鈍痛が始まったんだ? 昨日今日じゃないだろ」
 彼女は自身の口を抑えた。彼女にとって、鈍痛が楽になったというのは私に心配するなという意味で使ったのだろう。ただ私にとっては違う。彼女の不調を見抜けなかったのは私なのだから。
「……どれくらい前だっけ、もう忘れちゃったよ。いつかは治るかな、何て思ってずっと我慢して、我慢して、我慢して、倒れちゃって。それが昨日」
 諦めたのか、恐らく本当のことを彼女は言った。
 息を短く吐く。自己嫌悪に苛まれるが、今はそれを振りほどく。
「治るのか?」
「無理みたい。それに、延命措置をすればするだけ苦しむって。だから私は―――」
 その先の言葉は、私の意識の中に入ってはこなかった。

 彼女と一旦別れ、彼女の父親と二人で話した。
「達也君、娘はどうだった?」
「見た目はいつも通りです。ただ、鈍痛が昔からあったと。……申し訳ございません。私がもっと前から気づければ」
 私は床に額を付けた。そうだ。もっと早く、もっと早く私が気づけていれば!
「やめてくれ。気づけなかったのは君だけじゃない。私も、誰しもが気づけなかった。君が謝れば謝るだけ、私は情けなくなる」
 額を床から上げる。
「治療はどうなるのですか? 私が出来ることならば何でも致します。お金をどれだけ頼まれようが工面してみせましょう」
「……難しい、というかな、無理だと医者にきっぱり言われたよ。
 娘は、延命治療には前向きではない。結局……これから、私が、私達ができることは少ないんだよ。彼女を、死ぬまで笑顔でいさせる」
 それだけなんだよ、そういった彼女の父親は、全くもって納得していない顔だった。ともすれば今までの彼の言葉は、彼自身に言い聞かせるものだったのかもしれない。
「だから、私は頼みたい。あいつの父親として、一人の男として、頼みたい。
 美香の側にいてやってくれ。烏滸がましいだろう、無責任だと思うだろう。ただ、美香は私よりきっと、君を望んでいる」
 私は無言で頷いた。プロデュース業が疎かになったとしても、彼女の側にいるんだと決意した。
「ええ。勿論ですとも」
 その決意が、その後あんな事件のきっかけになるとは知らずに。


 その翌日も、その翌日も彼女の元へ赴いた。最低限の時間事務所にいるだけで、その他は全てずっと彼女の側に居た。きっと、今思えばこの間に、彼女は決心したのだ。
 更にその翌日、美香は事務所に顔を出した。
「こんにちは」
「あ、こんちには美香。体調不良って聞いてたけど、もう治ったの?」
 ちひろさ
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