暁 〜小説投稿サイト〜
乱世の確率事象改変
名を語られぬ彼らが想い
[1/10]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話
 一つの戦闘が黄河周辺で開始されていた。白馬から延津に向けて進んでいた曹操軍と、烏巣から出撃した袁紹軍がぶつかり合ったのだ。
 曹操軍を率いるは一人の少女。極寒の冬を思わせる冷たい瞳は敵軍の動きを悉く看破する翡翠色。手に握る黒い羽扇は、指示の度に鳳凰の羽根の如く舞い踊る。

「左翼先端、二から五まで突撃。中央は蹂躙後旋回。右翼はこのまま押し込んでください」

 彼女に従うのは憎しみに燃える白馬義従。やっと解き放たれた怒りは、餓虎のように袁紹軍の先陣を蹂躙して行く。
 己が命も顧みず、ただ一人でも多く殺そうと食らいつく様は、何処か黒き部隊と似ていた。
 それを感じても、雛里の思考は研ぎ澄まされた剣の切っ先の如く揺れず、淡々と、作業のように指示を出していた。
 彼女の始まりの戦から今まで、戦を行う度に別の自分が表に出る。冷徹に、冷酷に、人の命を数と見て、より効率的な戦場を目指して思考を廻し続ける。
 希代の天才軍師と誰かが言った。戦術では誰にも負けないと、いつでも自分を高めてきた。しかし餌を与え続けてくれたのは彼で、空を飛ぶ羽根を与えてくれたのも彼。
 大陸一の名軍師……そう言ってくれる彼らにも背中を推されて、小さな雛だった少女は、成長していった。
 今尚、始まりの決意と覚悟は胸の内に。彼の胸で泣いたあの時を、雛里は一生忘れる事は無い。

 断末魔が上がる。馬蹄が人を踏み荒らす音が鳴り止まない。怨嗟の声が戦場に溢れかえっていた。

――嗚呼、どうして……こんなにも落ち着くんだろう。この場所は。

 安息があった。充足があった。歓喜があった。
 自分の、黒麒麟と並び立っていた鳳凰の住処は此処だと、迷う事なく思えた。
 乖離したような感覚。もう一人いる冷徹な軍師としての自分は、この場所でこそ黒麒麟と共に在れるのだと喜び叫んでいた。
 心が痛んでいるのに喜んでいる。それはまるで、洛陽での彼のように。ダメな事だと頭で理解していても、彼を感じられる戦場が心を安らぎに導いてしまっていた。

 周りに侍る黒の部隊は微動だにしない。彼女を守る為に命に従いて動かず。

――あなた達も戦いたいはずなのに……

 どれだけ想いを抑え込んでいるか分かっているが、この戦場だけは白馬に譲ろうと考えてか、雛里に意見する事もない。
 ふるふると頭を振るって戦場を見やる。慌ただしい騎馬の戦で、彼女達だけは山の如くどっしりと構え続けていた。

 遠くで声が聴こえた。

「貴様らがっ……俺達の大事なもんを奪ったんだぁぁぁぁぁっ!」

 涙を流しながら矢を射る兵士が、憎しみを込めて叫んでいた。
 ズキリ、と雛里の胸が痛む。彼は白馬義従第二師団の生き残り。大切な大切な白馬の片腕への想いが、もう溢れて止まらない。
 遠くで声が聴こえた。
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ