名を語られぬ彼らが想い
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脆い。騎馬の特攻という最悪の力押し方策によって為すすべもなく破壊され、蜘蛛の子を散らすように守備兵は逃げ出すしかなかった。
兵器が次々と無力化されていく。袁家の資金力によって準備された兵器は、人命という対価を以って無に帰していく。
命を散らして、彼らは多くを助けたのだ。書物に名も残されぬ彼らこそが、この戦場での最高の殊勲者であった。
もはや黒と白の独壇場となった戦場では、袁家の兵など恐るるに足らず。
蹂躙は容易にして単純。白馬が駆け抜けて、黒麒麟が切り裂いていくだけ。鳳凰の羽根を得た彼らに敵は無し。
此処に、地獄が再び現れた。
居ないはずの黒麒麟が作る地獄が其処にあった。命を輝かせ、燃やし、一人でも多くの戦友を助ける者達が、雄々しく駆け抜ける。
血霧が舞い散り、肉片が弾け飛び、臓物と汚物が異臭を撒き散らし……汗と泥に塗れた醜くも美しい彼らの仕事場。
命の華を、想いの華を、皆が等しく咲かせて散らす、皆が等しく託され繋ぐ。
生み出したのは……寄る辺を無くし空を彷徨う、心の底まで黒に染まり尽くした鳳凰。
彼女は一人、想いの重責を預かり、この地獄に居ない黒麒麟を想いながら……
――これであなたは……救われますか……?
微笑みを携え、片頬に一滴の涙を零していた。
嘘を付いている事を教えずに散らしてしまった命を想い、胸の奥を引き裂かれながら……。
†
「クソがっ! なんで此処にあのイカレた部隊がいやがる!」
戦況は袁紹軍が不利。如何に数が多いとしても、勢いに乗った敵を止めるには不足。
頼りの兵器も壊されたとなれば、今回の戦闘は敗北が確定。袁紹軍の兵士を纏めるにも一苦労である。
散々辛酸を舐めさせられたあの部隊は、郭図にとっても絶望の代名詞。
ただ……彼は余り焦っては居なかった。それが兵士達に最後の線を与えて心を保たせている。
不安に駆られている兵士達に向けて、郭図は舌打ちを一つ。苛立ちが振り切りそうであったが、どうにか抑え込んだ。
「お前ら、俺の策を信じやがれ。敵は自分から逃げるんだからよ」
おざなりな鼓舞が場に落ちる。安心させるには足りないが……兵士達に希望を与えはした。
ふと、戦場の空気が変わった。何処が、とは言い難いが……長く軍師を担ってきた郭図にもそのくらいは読み取れる。
少しばかり口を引き裂き、彼は片目を細めて悪辣な笑みを浮かべて嗤う。
「クカカッ……来たぜ来たぜ? 逆襲の始まりだ! 最前に伝令! 敵が下がっていくから後背を突け! しつこくしつこく追い縋ってやれ! まだこっちの方が数が多いんだからよぉ」
御意、と短い返答の後に駆けて行く背中を見送って、郭図は遊戯盤の駒を手に取って器用に回し始める。
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