名を語られぬ彼らが想い
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「殺してやる……っ! 一人だって生かしてやんねぇぞてめぇらぁっ!」
槍を持って突撃する騎馬が、怨嗟を燃やして敵を穿っていた。
ズキリ、と雛里の頭が痛む。彼は白馬義従第一師団の部隊長。愛しい主が居ない戦場で、馬を並べられない渇きが抑えられなかった。
遠くで声が聴こえた。
「滅べよ袁家っ! お前らが居なきゃ、俺らは楽しく暮らせたんだっ!」
馬から落とされた兵士が、それでも敵に突撃していった。家族と戦友を奪われた怒りは、命を燃やしても鎮まる事は無い。
憎しみ溢れる戦場。もう誰にも止められない。指示に従ってはいるが、ギリギリの線で軍の様相を繋ぎ止めているだけであった。
その線は、一つの歌と、一本の斧だった。
歌え、叫べよ我らの歌を。
愛しい主に届くように。我らが主に届かせるように。
心震わせ、白を想え。
失わせた片腕と共に在れるように。彼女のように在れるように。
待機している後陣の兵士達が、喉を枯らして歌い続けるそれがあるから……そして片腕が振るっていた指標があるから、彼らは憎悪を深めながらも白で居られた。
民から王への愛の歌。彼女達が率いた白馬義従から白馬長史への想いの歌。
“誰かの涙が零れて光る 今また誰かが泣いてしまった”
“あなたは一人 みんなの為と 夜の涙を掬いに駆ける”
“どれだけ背中を見たでしょう 守られていると気付かずに”
その歌は勇気を与えた。
死の恐怖など欠片も感じさせず、前へ前へ駆ける勇気を。彼女が泣いていた。片腕も命を賭けた。なら、駆ける理由は十分だ。
その歌は後悔を与えた。
白の部隊で紅い衣服を着ていた彼女は、血の色を誤魔化して、傷ついたことすら誰にも悟らせたくなかったのだと皆に気付かせてしまった。
その歌は怨嗟を与えた。
誇り高く戦い続けた優しい彼女の平穏は、もう二度と手に入らないと絶望を呼び起こさせる。
渇いていた。誰もが、渇いていた。
心に空いた空虚な穴が、寂寥と慟哭の風を感じさせる。
違う。違う。違う。違う。違う……戦っている最中も相違点が脳髄を侵食し、心に澱みを降り積もらせる。
自分が戦いたいのは、共に駆けたいのは、主の側でしか無かったのだ。抑え付けられない感情は怨嗟となりて、彼らの力を跳ね上げる。
憎悪の感情は否定される事が多くとも、圧倒的な力を齎す心力でもあるのだから。
白馬義従の独壇場たる戦場。其処に袁家の生き残る術は……“少ない”。
――おかしい。
違和感を感じ取った雛里が、きょろきょろと辺りを見回した。
この戦場は余りに簡単過ぎる。力押しだけで行けるなど認識が甘すぎる、と気付いた時には……もう遅い。
敵の軍師は、徐州であの時、彼と彼女を追い
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