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小さな勇気
第六章
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第六章

「御前何がメロスだよ」
 授業が終わると仲間達にさっきのボケを突っ込まれた。
「作品が違うぜ、作品が」
「けどよ」
「まあ太宰つったらまずそれだからな」
 走れメロスは言うまでもなく太宰治の名作である。他の作品は知らなくともこれだけは知っている者が多いという作品である。少なくとも高校生ならテストに出るレベルだ。太宰治の代表作を数作挙げろ、というのはよくある出題だ。大抵はこのメロスに今康則達が授業を受けている富岳百景と斜陽、後は人間失格、津軽といったところであろうか。少し気が利いてヴィヨンの妻、桜桃があるか。読んだことはなくともテストで覚えさせられるレベルの話だ。こうした作家は他には芥川や漱石、鴎外、志賀直哉といったところである。ただし谷崎潤一郎は思ったより少ない。それどころか年配の女性の中には作品によってはそれを見るだけで顔を顰めさせてしまう。文芸作品でも谷崎はどうも耽美的色彩、背徳的色彩が強くそれを拒絶する人も多いのである。いささか趣味に走ったジャンルの作家と言えようか。永井荷風もそうである。少なくとも小学生や中学生の夏休みの読書感想文に薦められる作家ではない。
「それでも運がよかったな」
「そうだな」
 康則は友人達の言葉に頷いた。
「そんなに怒られなかったからな」
「ああ」
「今までだったら教科書でどつかれてたぜ」
「だろうな」
 それは康則の方でも予想していたことである。
「けどそれがなかったな」
「最近な。変わったよな」
「そうだよな。少し大人しくなったよな」
「優しくなったっつうの?」
 仲間内の一人が言った。
「そんな感じ」
「だな」
「ほんのちょっとだけどな」
「女の人らしくなったよな」
「そうだな」
「それな」
 康則はふと口を滑らしてしまった。
「実はな」
「どうした?」
「何かあったのか?」
「あっ、いや」
 だが彼はここで自分が口を滑らせてしまったことに気付いた。慌てて言葉を引っ込める。
「何でもない」
「そっか」
「まあ結婚できないで困ってるってのは聞くがな」
「噂だろ、あれ」
「やっぱそうなのか」
「らしいぜ。そもそもそんなのであれこれなる人かよ」
「それもそうだな」
 実はそれは本当のことなのだがそれは言い出せなかった。やはりどうにも本当のことだと言ってしまうと先生が可哀想に思えたからだ。それに何かそれを考えると心の底が変な感じになった。
(!?)
 康則自身も今それに気付いた。だがそれが何なのかはわからない。
「おい馬場」
 そこで友人達が声をかけてきた。
「何だ?」
 それに応えて顔をあげる。
「あの先生だけどな」
「ああ」
「何か変わった噂聞いたんだけどな」
「結婚とかとは別か」
「そうさ。今度転勤だってな」

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