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クルスニク・オーケストラ
第八楽章 エージェントの心構え
8-3小節
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。そのためにも早く注射を……

「あっ」

 ふらついた。《レコード》吸収後の立ち眩み。

 地面と激突する――はずなのに、何ともない。誰かが胸下に腕を回して体を支えてくださってる。

「ハイお疲れさん。今回もいい具合に脳みそシェイクされてきたみたいだな」
「リドウ、せん、ぱ」
「鎮静剤打ってないのか」
「今、打とうと、して、たんです。ほら」

 無理やり笑って、握っていた携帯注射器をリドウ先生に掲げて見せました。リドウ先生はむすっとなさって、携帯注射器をわたくしの手からひったくられました。
 髪を払いのけているのが感触で伝わる。そして、髪留めのちょうど真下に鋭利な痛み。

「ぃ゛っ」
「自分で打つより何倍もマシだろ?」
「ふ、ふ、そ、です、わね。さす、が、先生」

 これは本心。クランスピア社医療チームのトップエージェントを張るだけあって、リドウ先生の医師としての腕は国内随一ですわ。不謹慎な態度でいても許されているのは、ひとえにリドウ先生が名医だから。

「何ですぐ打たなかった」
「後輩への指導と、お隣の国の王様とのおしゃべりが、長引いて」

 徐々に意識にかかっていた霧が晴れていく。
 深呼吸一つ、リドウ先生の腕を解いて自分の足で立った。

「特務エージェントじゃなきゃさっさと主治医やめてるぜ。お前みたいな面倒な患者」
「すみません。リドウ先生のようなお優しいお医者様に恵まれて、わたくしは果報者です」

 これも本心。医療部門の社員は、人の神経を逆撫でするリドウ先生のふるまいを敬遠してらっしゃいますが、わたくしは、リドウ先生は最高のお医者様だと思いますの。

「……いい気味だと思われておいででしょう?」
「まあね」

 ただ、リドウ先生のほうがわたくしをお好きでないだけで。

「生き急いで先に時歪の因子になるなよ。お前が死んだら俺かユリウスが《橋》にされるんだからな」
「ご安心ください。その時は責任を持って代わりに死んで差し上げます」

 リドウ先生は言い返さない。一本勝ち、です。
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