第十章
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第十章
「東洋もね。何でもそうだけれど全てがよくて全てが悪いって道理はないよ」
「何でもかい」
「そうだよ。そう思うのは浅はかさ」
彼の主張であった。
「それよりもだよ。何でもいいものは受け入れて悪いものは受け入れない」
「そうしろっていうんだね」
「その通りだよ。そうあるべきなんだ」
彼のこうした主張は続く。
「この長谷寺だっていいじゃないか。京都の街並みだっていい」
「あの碁盤みたいなのは確かに面白いね」
「日本もいいんだよ。まあそんな話はここまでにしてだ」
「うん」
「さて、暫く辺りを歩こうか」
今度の彼の提案はこれであった。
「長谷寺を出たらね」
「出たらかい」
「そうさ。そうしないか?」
あらためて慶祐を誘ってきた。
「これからな」
「そうだね。長谷寺ばかりを見ても飽きるね」
「他の寺に行くには遠いがね」
「この辺りを歩いているのもいいね」
彼の提案に頷いてであった。長谷寺を降りると後は辺りを見回ってその日を終えた。そうして次の日の朝も。慶祐は朝の長谷寺に来たのであった。
今度はその入り口においてであった。彼女と会った。
「またお会いしましたね」
「はい」
栄真は微笑んで彼に応えてきた。
「奇遇ですね」
「そうですね。それでなのですが」
「今日もなのですね」
「その通りです」
微笑んで彼女に言葉を返すのであった。
「またこの寺にです」
「左様ですか」
「どうも酒が過ぎまして」
このことは正直に述べる彼だった。
「そのせいで早起きになりまして」
「それもまた御導きかも知れませんね」
それを聞いて笑顔になる栄真だった。
「御仏の」
「お酒もですか」
「はい、そうです」
まさにそうだと返す栄真であった。
「般若湯もまたそのうちの一つです」
「般若湯もですか」
「その通りです。御仏は全てを見ておられますので」
「我々をですか」
「その通りです。私もまた」
既に二人は並んで歩きはじめていた。その緑が広がる寺の中をだ。寺の中は朝もやのなかで緑が浮かび上がっている。そうした幻想的な世界を進んでいた。
「その中にあります」
「貴女もですか」
「私はかつては」
栄真はここで前を見た。しかしそこに見ているものは前にある緑でも多くの建物でもなかった。そうしたものとは全く別のものを見ているのである。
「それに気付きませんでした」
「といいますと」
「私には夫がいました」
このことを慶祐に話してきた。
「その幸せの中にいたのです」
「左様でしたか」
「それが永遠に続くと思いました。ですが」
言葉が暗いものになる。しかしそれは完全な暗がりの中にはなかった。先に光が見える、そうした暗さの言葉を出したのである。
「主人は」
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