第8話 草原
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「殺した」
背後で声がした。クグチは振り向く。灯台の中で、いつの間にか、スーツを着た中年の男が床に蹲っている。
「向坂さん」
「僕は、強羅木君を」
向坂は、掌で顔を覆う。
「殺してしまった……」
心臓がどくんと強く脈打ち、クグチは身構えた。ハツセリに背を向け、灯台の闇にすすり泣く向坂と向き合う。
「どういうことですか」
一瞬、この手で撃ち、消してしまう直前の、非常階段から転落していく向坂ルネの顔が脳裏をよぎった。彼の顔に刻まれた恐怖。自分の選択への後悔。あの縋るような目。無力に開かれた唇。
次いで復讐という語が、頭に浮かんだ。まさか。クグチは首を横に振る。
「向坂さん! どういうことなんですか」
語気を強める。向坂は顔を隠したまま喋らない。クグチは彼に掴みかかろうとした。
「無駄よ」
橋からハツセリが声をかける。
「彼はいない。向坂君はもうこの世界には存在しないの」
向坂の肩に伸ばした指は、何にも触れずに彼の肩に埋もれた。慌てて指を引っこめると、その姿はホログラムのように消えた。
橋では、長い髪を海風に任せて、変わらずハツセリが立っていた。クグチは止めていた息を吐き出し、意識して体の力みを抜いた。
「……茶番にはうんざりだ。何をしに来た?」
「思い出しにきたの」
ハツセリは謎めいた笑みを見せる。その雰囲気に飲まれまいと、クグチは深呼吸をした。
「何をしに俺の前に現れたかを聞いてるんだ」
「思い出したことを教えに来たの」
「要点だけ言え。お前の遠回しの表現にはうんざりだ。用件は何だ。何を言うために、俺の前に現れた」
「人間は科学の力で幽霊を作った」
いつか廃庭園で聞いた言葉を彼女は繰り返す。
「そして、世界を殺した。世界そのものを幽霊にしてしまった」
「だから?」
「ここは幽霊の世界よ。この世界は現実じゃない。ここに来た時それを忘れ、ここで暫く生きてみて、それを思い出したの。そのことを、あなたに伝えに来た」
クグチは馬鹿にして鼻を鳴らした。
「自分が生きているのか死んでいるのかもわからない奴に、よくもそんなことが言えるな」
「今ならわかるわ。私は生きていて、あなたは死んでいる」
「馬鹿言え」
「逆に言えば、あなたが存在できる世界なら私は存在できない。そうね。この世界には、私は本当の意味で存在してはいない」
クグチは灯台を出て歩み寄り、ハツセリの手首を掴んだ。
風で冷えきっているものの、しっかりと脈打っている。なめらかな肌触りだった。だから腹が立った。
「……生きているじゃないか、ハツセリ。桑島さんって言ったほうがいいですかね? あなたは生きている! 電磁体でも幽霊でもない」
「人間と、人間によく似たもの」
ハツセリ、あるいは桑島メイミは、手を
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