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Magic flare(マジック・フレア)
第8話 草原
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さい」
 少し離れた所で、立ち止まって言った。
「でないと、狂ってしまう」
 クグチは応じなかった。妙な意地がわいて、眼鏡を外さなかった。クグチが動かないので、ハツセリはもう少し、近付いてきた。
「悲しまないで。あの人たちは消えるべくして消えていくだけ」
「……どこに消えていくと言うんだ」
「あの人たちが信じる現実に行く。それだけのことよ」
 少しずつ近付いてきていたハツセリが、ついに隣に立った。一緒に柵に手をかけて、断崖に遠い目を向ける。
「私は自分の正体を思い出すためにここまで来た。私は須藤ハツセリなの? 桑島メイミなの? 思い出すためには、私は過去の再現と過去の歪曲とその後に起きることのシミュレーションが必要だった」
「思い出したのか」
「一つだけ確かなことがわかった」
 巨大なドームをなくした都市を、風が洗っていく。
 風にはさまざまな匂いがあることを、クグチは思い出しつつあった。水の匂い。草の匂い。土の匂い。山の匂い。古い民家の匂い。よその家の食事の匂い。
 かつてこの匂いを嗅いでいた。濡れ縁で、桑島メイミと座っていた時に。
「人間と人間によく似たものが互いに近付くほど、現実と幻想の違いは相対的なものに過ぎなくなる」
「電磁体は人間にはならない!」
「なるわ。あなたがそう」
 顎を上げ、ハツセリの冷たい目を見上げた。
「……俺は」
「あなたが実在なら私は仮想。あなたが仮想なら私は実在。あなたには、この光景を現実のものとして受け入れられる?」
 その時、フレアが来た。
 誰かがそれをフレアだと教えたわけではなかった。この時刻に、かねてから予言されていた超規模フレアが来ると、予報があったわけでもなかった。
 でもそれがフレアであることは間違いないと、クグチにはわかった。
 視界から全ての色が飛んだ。
 光が暴走する。
 視界が白く染まり、目を覆った。
 閉じた目になお強い刺激が襲い、砂粒のようなものが絶えず顔や手に吹き付けてくる。見えない嵐がやむのをクグチは待った。
 やがて光の気配が消えた。
 躊躇いながら目を開いた。
 闇はなくなっていた。優しい明るさが満ちていた。ゆっくり立ち上がりながら、眼下の光景を目にした。
 雲一つない夏空が頭上に広がっていた。夏の太陽が、健康的な光を廃都市に注いでいる。
 どこからか運ばれてきた草の種が、街路で芽吹いている。近くで鳥の声が聞こえる。巣をかけているのだ。
 オーロラも断崖もなかった。坂を埋めていた人の姿は、一人残らず消えていた。
 そして、都市の向こうでは草原が、緑色に輝いている。
 あんな所に、あれほど生命に満ちた自然があることを、クグチは知らなかった。豊かな匂いがする風が、草原から吹いていた。
 ハツセリは答えを待っていた。無言で待って
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