第8話 草原
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さな男の子が目に入った。
「パパ?」
岸本は息子に構わず、むしろクグチと妻に歩み寄って、包丁の柄を蹴って遠ざけた。
「明日宮、あの子をACJに連れて行ってくれ」
クグチが手を離すと、途端に飛びかかってきた妻の腕を、岸本は巧みに捻りあげた。キィと女が叫んだ。
「行こう」
クグチは幼い岸本ハヤトに声をかける。
「パパとママはちょっと忙しいんだ」
「人さらい!」
主婦の叫び声が背中で弾けた。
「人さらい! 人さらい! 誰かー!」
岸本の息子は母親の様子を興味深そうに見つめていた。手を引いて外に出る。自転車の荷台に座らせ、腰にしがみつくよう言った。子供は大人しく従った。
「怖かっただろう」
ぎこちなく気遣うと、子供は「ううん」と否定した。
「いつもだから」
「いつも、お母さんあんな感じなのか?」
「うん。あのねえ、指数がねえ、減ったりねえ、あと僕があんまり貯めてなかったりするとねえ、すごい怒る」
「ふぅん、そうか」
「あとねぇ、それからねえ」
子供は高い声で続ける。
「パパがねえ、こないだ帰ってきた時ねえ、僕にレンズを外せって言って、それでパパにすごい怒ってたよ」
「そうか。レンズ、外したのか?」
「ううん。嫌だよ。だって、レンズ外したらママとお話できなくなっちゃうじゃん」
クグチはどういうことかわかりかねて、少し、返事に困った。
「つまり……ママの守護天使と話ができなくなるってことか? ママそのものとは話をしないのか? その……」
「うん。だってママじゃなくてねえ、ママの守護天使と話した方が指数のためにいいんだって。幼稚園の友達もみんなそうしてるよ。それが僕のためなんだって」
クグチは何故か唐突に、この子と自分が同じように生きていることを実感する。
―3―
翌朝起きると色が狂っていた。
色が狂うと人間は目から壊れることがよくわかる。クグチは寮の窓辺に立ち、眼鏡をつけたり外したりして、見える景色の不愉快な違いを味わった。
向かいのボーリング店がその建物の輪郭を無くし、黄色からショッキングピンクの色のグラデーションの、マーブル模様が地面から立ち上るのみになっている。よく見るとマーブル模様は定期的に、そこかしこで人の形になり、救いを求めるように顎をあげて両腕を突き上げ、またもとの色に溺れて消える。
路面はいつか見たミルクの大河が再現され、誰の記憶なのか、腐ったみかんや羽根のない妖精、顔が焼かれた人形や、ひどい火傷を負って這いずる人間が現れては消える。
クグチは眼鏡をしまった。
凍結された都市サーバに何らかの異変があったことは明らかだ。エラーが起きたか攻撃されたか。いずれにしろ打つ手はない。結局、都市を放棄し隔離する自衛軍の判断は正しかった。
都市に人が出てくる。
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