第8話 草原
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んですよ」
隣の中年男が返事をした。
「天使に?」
「磁気嵐は新しい人間を作った。守護天使たちがいるでしょう。人間としての記憶をとどめて。天使たちは永遠の命を得た」
穏やかに語る男の顔に恍惚としたものを見いだして、クグチは硬直する。
「今度は私たちの番です。私たちが死んでも守護天使が残る。私たちはそこで生きています。私たち人間は電磁体に、守護天使になれる!」
「永遠の命を!」
ビルから、ベビーカーが投げ落とされて路上で砕けた。
ついで赤子が落ちてきて、砕けた。
続けて若い母が。
クグチは、そろそろ俺の気が狂うと覚悟をし始める。
巡回中、ACJ道東支社の社屋からほど近い地区で、女の悲鳴を聞いた。
もう一度。
民家で女が泣き叫んでいる。クグチは義務感からその家に上がりこんだ。鍵は開いていた。声は廊下の奥、キッチンからで、そっと様子を窺ったクグチは予期せぬ人を見た。
「岸本さん」
仁王立ちの岸本の足下で、女が床に這いつくばって泣いている。周囲の床に何か小さな破片が飛び散っていた。レンズと、レンズケースだ。
岸本は少しだけ、クグチを見た。そして首を横に振り、穏やかな声で言った。
「こんな物はない方がいいんだ」
「馬鹿! 馬鹿!」
ヒステリックに叫ぶ女は岸本の妻だろうと、クグチは推測した。
「私の幸福指数をどうしてくれるのよぉ!」
妻は岸本の膝に両腕ですがりつき、
「幸福指数がなかったらハヤトをいい学校に行かせられないじゃない!!」
岸本は何も言わない。
「この家だってどうするのよぉ!」
膝立ちになって、岸本の腰のあたりを掴んで揺さぶり、「幸福指数がなかったら、この地区に住めないじゃない!」
するとまた床に崩れ、
「家の支払いが……入学金の積み立てが……」
そしてまた悲鳴のように叫び、床を殴って泣く。クグチのことなど完全に見えていない。
岸本は妻の前から離れ、クグチの方に歩いて来た。
「もっと早くにこうするべきだったな」
「大丈夫ですか? 奥さん」
「大丈夫じゃない。見りゃわかるだろうが。だがこのまま持たせて、他の連中のように気が狂うより遙かにマシだ。この都市では余計な物が見えすぎる」
「……そうですね」
ふと声がやんで、妻が岸本の背後で立ち上がる。その顔を見ようとした途端、妻はカウンターに走り、呆然としたままの顔で、包丁を持って戻ってきた。
クグチは岸本を腕で押し退けて、キッチンに飛びこんだ。主婦が包丁を構えて突っこんでくる。すれ違い様、絶妙のタイミングでその体に腕を回し、捕まえることができた。
「岸本さん!」
背後から押さえこみ、手首を強く握りしめる。主婦は包丁を落とした。暴れる相手を渾身の力で押さえながら岸本がいる方を見ると、廊下に立つ、小
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