第8話 草原
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ツセリにも強羅木にも向坂にも届かないことはわかっている。
「俺は何だ?」
あなたに、人間と電磁体の区別がつく?
記憶の中のハツセリが、どこか意地悪く問う。
それに答える方法を、クグチは一つだけ知っていた。
腰のUC銃を掴む。
銃口を、自分の顎に突きつけた。
引鉄を引いた時、自分が人間であるならば、何も起こらぬはずだ。そうでなければ消滅……自分自身の中に渦巻く問いの答えを得る間もなく消える。息が弾んできた。目が見開かれ、半開きになった口から乾いた息が出入りする。
クグチは覚悟を決め、目を閉じ歯を食いしばり、引鉄を引いた。
聴覚が消えた。
が、それは、単に強い緊張のせいだった。
何も起こらなかった。
固く目を閉ざしたまま、自分が引鉄を引いたままでいることを、確かに感じていた。
耳に、鳥のさえずりが戻ってくる。
坂の下の大通りの人の声、開け閉てされる家の扉や、誰かがゴミ箱を蹴飛ばす音が聞こえてきた。
クグチは生きていた。
それを確かめ、UC銃を握りしめたまま、膝を抱え、じっとうなだれた。もはや何も感じていなかった。もう二度と感情も、欲も、心と呼べる一切のものが戻ってこないかもしれないと思った。
誰かが影を伸ばして、歩いて来た。クグチは顔を上げた。伊藤ケイタだった。
「どうしたんだい」
その問いを拒み、よろよろと立ち上がった。全身が冷や汗まみれだった。
「何でもないんです。何でも――」
顔の汗を拭い、空を見上げた。赤いままだ。いつまでも。
「伊藤さん」
「何だい」
今度は先ほどよりも慎重に、質問の言葉を探す。
「人間と人間でないものは、何によって区別されるのですか?」
伊藤ケイタはうなだれた。
どちらともなく歩きだした。路地を下り、広い道へ。
その場所からは、海を見下ろすことができた。
空を映した赤い海。
「電磁体たちは、みんな、きれいに消えていく」
伊藤ケイタは答えた。
「ひどい死に様をさらすこともない。無念を残すこともない。僕はQ国に行った。そこで――いろんなものを見た。いろんなものだよ。人間はひどい死に方をする」
「死に方が、人間が人間であることを証明するということですか?」
「わからない」
伊藤ケイタの声は小さく、今にも消え入りそうだ。それでも誠実に答えてくれようとしているのがわかった。クグチは少しずつ、気が安らいでいくのを感じた。
「僕はあの戦争のさなか、人体が物体のように破壊されていくのを見た。たくさんの人が一瞬の光と熱で消え、声もなく消滅するのを見た。消滅だよ。死じゃない。あんなのは人間の死じゃない。廃電磁体……幽霊たちを見ながら僕は何度でも思った。彼らに、人間らしい死を死に直させてあげることができるなら」
「……それは、慈悲なの
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