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Magic flare(マジック・フレア)
第8話 草原
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君』
『愛していた』





 ―4―

 そしてまた光が、閉じた瞼をそっと撫でる。自分を保護する金属の繭が音を立てて開くのを感じた。
 天井が見えた。そのまま動かずに、思考が肉体になじむのを待った。まず瞼が自由になった。何度か瞬きを繰り返し、次に、指先を動かしてみた。体に少し、力が戻っていた。その力を、喉を震わす為に使った。
「明日宮君」
 だが声にはならず、入室した人物に聞かれることもなかった。
 すっかり白髪だらけになった、憔悴した顔の、土気色の肌の男が、横たわる繭の中を覗きこんできた。
「ハツセリ」
 男は労わるように言った。
「それとも、桑島君かな」
 少女は身を起こした。長い黒髪を後ろに払い、気だるげに細めた目で、男を見つめた。
「衰えたわね、向坂君」
「そうかな」
「ええ。保存されたシミュレーション世界のあなたより、遥かに」
 向坂は、傷ついたかもしれない。きっとそうだろう。でも彼は、そんなことは言わない。いつも気弱そうに微笑むだけ。だから彼は、人より早く老いた。
 彼はハツセリが答えるのを、催促したりはしない。
「出ましょう」
 地上階に出る。廊下のブラインドに滲む光を見て、午後だわ、と思った。

 放棄された国防技研実験棟F棟の裏手には、向坂アカネとルネの墓がある。遺体はない。この丘陵から見下ろせる、かつて道東の都市が広がっていたクレーターで、二人は数字だけの死者になった。塵さえ残らなかった。そしてあの、共に濡れ縁で語り合っていた、六歳の少年もまた……。
「明日宮君」
 クグチを思っているのか、エイジを思っているのか、自分でもわからない。空を見上げた。フレアが空を支配して以来、地上は雨を降らさぬ雲に、いつまでも覆われている。
 雲の下で、都市の残骸は草に覆われつつあった。自然は生きている。人が死のうと生きようと。
 ハツセリは自分の手を見た。
「私は誰?」
 後ろから、墓参りを終えた向坂が歩いてきた。彼は済まなさそうに口を開いた。
「放射線計が壊れてしまった。君が眠っている間に」
「構わないわよ。そんなもん、あってもなくてもどこも同じじゃない」
「そうだね」ため息をつき、「どこにいたって、僕たちは長生きできない」
 ハツセリは、草原になりつつある滅んだ道東の都市を見つめながら、足を、ひび割れた道路に踏み出した。
「そんなのは、今を生きていられない理由にはならないわ」
 頬に向坂の視線を感じる。
 構わず歩き始めた。向坂は少し離れてついて来た。
「答えは見つかったのかい?」
「いいえ。でもいいの。私が桑島メイミだとしても須藤ハツセリだとしても、どちらでも、それで何かが変わるわけじゃないわ」
「……君は変わった」
 焼け焦げた車が道端に棄てられ、その周囲にも
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