第8話 草原
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いた。クグチは眼鏡を外して、額の汗を拭った。肉眼で見る光景も、眼鏡越しに見る光景も、何も変わらなかった。そして、ハツセリの姿も変わらず隣にあった。
「受け入れる」
眼鏡をジャンパーのポケットに突っこんだ。
「他にどうしようもないだろう。起きたことが全てだ。たとえ理解を越えた現象であっても」
「そう」
「終わりか?」
ハツセリは無表情でクグチを見ていた。その目には、思い通りにはいかなかった怒りと苛立ちがはっきりと見て取れた。
「個人的な要求を言えば、あなたには、私の話を信じてほしかったわ」
「そうか。悪いな」
クグチはハツセリに背を向ける。
「どこに行くの」
「ACJに戻る」
「待って!」
その声に応じ、足を止めた。
ハツセリは冷たい仮面も謎めいた仮面も脱ぎ捨てていた。夏風に素肌をさらし、頬を紅潮させて、まっすぐクグチを見ていた。
「私は消えるわ。もう二度と会えないのよ」
「消える? どこへ」
「あなたがあなたの現実を生きるなら、もう一緒にいることはできない」
クグチは結局、やっぱり彼女の話の意味が分からなくて、返事に窮するしかない。そうだな。何一つこいつの話は理解できなかった。わかるのは、それでもハツセリが真剣に話しているということだけだ。
つまり、彼女が二度と自分の前に姿を現すつもりはないということについて。
クグチは彼女に、礼を言わなければならないことを思い出した。古傷をえぐるだけかも知れないが。
「一つ教えてくれ」
「なに?」
「あんたは結局ハツセリなのか? 桑島メイミの電磁体なのか?」
「わからない」
ハツセリは悔しそうに俯いた。
「私が思いだしたのは、私がここに来た理由だけ。結局私が誰なのか、ハツセリなのかメイミなのかはわからないままだわ。何故それを聞くの」
「桑島メイミに礼を言いたい」
ハツセリの体がぴくりと震える。
「昔焼け跡で、子供だった俺の命を救ってくれた。それは桑島メイミじゃなくて、桑島メイミの電磁体だ。けれど、そのような意志を電磁体に残してくれた桑島メイミに、礼を言いたい」
「そんなこと……」
ハツセリは、首を横に振ると、ぱっと顔を手で覆った。
桑島メイミは死んだが、礼を言う相手は残った。幽霊でも、廃電磁体でも、守護天使でも、呼び名は何でもいい。
「ありがとう」
礼を言ったのは、ハツセリのほうだった。顔を上げた。笑っていた。
「あなたは、私を救った」
どういう意味か尋ねるより早く、彼女は両腕を広げた。
いきなり彼女の背後の柵が外れた。ハツセリはそのまま後ろに倒れこみ、落下した。
クグチは声も出せず、屋上の縁に駆け寄った。
音を立てて柵が地面に落ち、弾んだ。
ハツセリはいなかった。
『さようなら、明日宮
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