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四重唱
第十七章
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「開いたぞ」
 幕が開いた。遂に最後の舞台であった。
「ここからだな」
「肝心なのはか?」
「ああ、そうだ」
 こう言う者もそこにはいた。彼等の中には最後こそ肝心だと言う者もいるのであった。
「ここでな」
「どうなるかか」
 それぞれの目で視線を集中させる。そうして最後の舞台を見るのであった。
 最後まで歌手達は演じている役そのままであった。華麗なだけでなくそこには魂さえもあった。その心で歌い続け演じ続けている。オックス男爵が恥をかいて舞台を消す場面になっていた。ここでは男爵の格好悪さがとりわけ強調される演出が多いが今回はかなり違っていた。
「全ては終わりました」
 元帥夫人が彼に言葉を告げる。そうして男爵はそれを受けると。
「ロイポールド」
 彼の従者に声をかけるのだった。優雅な物腰で。
「行くとしよう」
 多くの者に取り囲まれあれこれと言われながらであるがそれでも悠然かつ優雅に姿を消す。その去り際はオックス男爵ではなくフィガロの結婚のアルマヴィーヴァ伯爵ではないかと思える程だ。実はオックス男爵のモデルはこの伯爵である。確かに好色なのであるが優雅で気品があり堂々とした人物だ。何しろフィガロの結婚で出て来る登場人物の殆どを向こうに回す事態になってもまだ威風堂々としており貴族然としているのだ。ディートリッヒフィッシャー=ディースカウの圧倒的な名唱を代表として多くのドイツ系バリトン歌手がこの役で大当たりを取っていることからもわかるようにこの伯爵は単なる敵役ではないのである。実に見事な主役の一人なのだ。これはオックス男爵に言えることでもある。今アンドレアスはオックス男爵となりそれを観客達に見せきった。彼が舞台を去る時に拍手すら起こっていた。

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