第十二章
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「いえ」
マゾーラはそれを否定する。彼女もまたそれを隠すことができなかったのだ。
「喜んで受け取らせて頂きます」
「有り難うございます」
あらためて礼を述べるヒルデガントであった。そのヒルデガントに対してマゾーラは慎み深い調子でまた述べるのであった。
「私が銀の薔薇を受け取るとは思いませんでした」
「それは何故」
ヒルデガントは今の言葉に顔を向ける。どうしてなのかと顔でも問うていた。
「私は。貴女には相応しくないからです」
「私には」
「いえ」
ここで今の言葉すら否定するのだった。その言葉には慎みよりも悲しみと寂しさが込められていた。そうした言葉で今彼女に告げるのであった。
「私は。誰にとっても相応しくない、そうした女なのです」
「またそれは」
どうしてそこまで自分を否定するのか、ヒルデガントはそこに何かを感じた。問わずにはいられなかったが彼女からそれを言い出したのであった。
「私は。東ドイツに生まれました」
「それは知っていますが」
これはあまりにも有名である。かつての東ドイツが生んだ再考のソプラノ歌手の一人とさえ言われている。今でこそ一つになったドイツだったが戦後長い間東西に分かれていた。その悲しみを覚えている者も少なくなってきている。これもまた歴史であった。
「父は。スパイだったのです」
「スパイ!?」
「はい、演奏家でしたが」
実は彼女の父はバイオリン奏者だったのだ。母はフルートで両親から英才教育を受けた結果が今の彼女だとも言われている。
「スパイでもあったのです」
「それはよくあった話だと言われていますが」
これは本当のことだ。とりわけこのウィーンは東西の勢力が集まり諜報活動が盛んであったと言われている。ハプスブルク家の都は二十世紀にあっても政治の中心であり続けたがそれはこうした意味においてもそうなのであった。音楽と政治はこの街から離れることはないのであろうか。
「それで何故そこまで」
「それも唯のスパイではありませんでした」
彼女は沈痛な顔で言葉を続ける。
「同僚の行動を監視する。そうしてそれと共に西側の人間を買収して内通者を作っていく。そうした汚いスパイだったのです」
「所謂秘密警察ですか」
「そうです」
実際に東側で言われていた言葉だがソ連の人間が東ドイツに留学する、それは何故かというとそこで共産主義や共産主義国家のあり方を学ぶ為だとジョークで言われていたのだ。かつての東ドイツは共産主義の優等生であり東側においてはソ連のまたとない盟友であったのだ。これはナチスが母体になったせいであるが東ドイツの高官には元ナチスの人物も多かったと言われている。ナチスとソ連の正体が全く同じ全体主義国家であったということは今では常識となっているがそれが嫌になる程巧みに活かされていたの
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