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Fate/Fantasy lord [Knight of wrought iron]
幻想郷放浪記
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あの騒がしい歓迎会から日を跨ぎ、朝を迎える。
朝食の場には、諏訪子を除いた皆が集合し、他愛のない団欒と共に時間を過ごす。
諏訪子がいないのは、どうやら昨日のアレが祟ったかららしい。本当に神なのか、彼女は。
早苗の作ってくれた朝食は、中々の出来映えだった。
歓迎会でその手腕は確認済みだから、特別感慨深いという事はないが、やはりこの年齢でこれ程出来る子はそうそういないだろうとは思う。
………だが、それはつまり、そうせざるを得ない状況に常に立たされていたからではないだろうか。
冷静に考えて、一夜明けても諏訪子や神奈子以外の大人―――つまり親族が誰一人としてここに現れないのは、普通じゃない。
単純に考えれば早期にどちらとも亡くしたか、孤児である彼女が何かの拍子に諏訪子達が見えたことから、引き取ったとか色々挙げられる。
少なくとも、良い方向性に捉えるのは無理そうだ。親だけ外に残ったというのも、一見救いがあるように見えて、娘と離れることを是としている時点で似たようなものだしな。
―――これ以上の詮索は止めよう。どうせ本格的な宿が決まればここを去るのだ、感情移入し過ぎて後ろ髪を引かれるような思いをすれば、互いに苦しむだけだ。
「あれ、出かけるんですか?」
「ああ。周辺の地理を把握したいのでな、軽く散歩でもしてこようと」
「そうですか、案内致しましょうか?」
「いや、いい。空っぽの状態から情報収集する方が、主観を確立しやすいからな」
視点というのは個別に存在する。
誰かがその考えが正しいと思えば、その逆の答えを見出す者だっている。
更にそこから細分化し、どんな理由で正否を定義しているのか、等の意見が分かれる。
本当に正しいことなんて、この世に存在しない。そんなものがあれば、誰だってそれに縋るし、考えも統一する。
宗教がその例だ。全能と謳われる神が幾つも存在し、それぞれが異なる文化を確立する要素となっている。
本当の意味での一般人は、神が存在していたという確固たる事実を知る術を持たない。
ただ、過去の文献から自分にとって都合の良い存在に寄り添っているだけで、心の底からその存在を信じている者は稀だろう。
神の奇跡、なんてものを目の前で見せられたとしても、崇拝するのは奇跡そのものであり、神ではない。
人間は、偶像よりも目の前の出来事を真実として優先する生き物だ。神がその力を対象に送り込んだのだとか、そういうのはどうでもいいのだ。
だからこそ、人間は他人の視点に縛られてはいけないのだ。
視点とは、誰もが平等に持つ権利だ。
何を信じるかも、何をどう見出すのかも、個人の勝手。
そんな平等を、他人の視点で塗り潰すような真似はしてはいけない。
だからこそ、まず
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