赤は先を賭し、黒は過去を賭ける
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大きいというだけで人は恐怖を感じる生き物である。
猫が虎並に巨大な体躯をしていたのなら、間違っても大抵の人は飼おうなどと思わない。
もし、命を奪う武器がそのような変化を遂げていたならば、脅威を感じずにはいられないのは自明の理。
「撃ち方用意っ!」
前掲にして腰低く、緊張した面持ちで大槌を構える斗詩は、隣でにやける明の声に生唾を呑み込んだ。
射程範囲ギリギリのこの場所にまで、敵の兵器からの攻撃が届くのか否か……彼女達には予想も出来ない。
幸いな事に、曹操軍は城壁の上に見えた物体を下げただけで何もしてこなかった。
遠くにしっかりと見えるのは一人だけ。漆黒の様相から、誰であるのかは理解出来た。
白い輝きがチラリと見えて一寸心臓が高鳴ったが、相手はそのまま動こうともしない。不気味に過ぎるが、迷いは思考を曇らせるだけだと頭の隅に押しやる。
「誘ってる、か」
感情の挟まれない声で明がぽつりと零した。彼女は斗詩よりも戦場の嗅覚……いや、人の心の動きを悟る能力が鋭い。
この僅かな時間で読み取った明に感嘆して、斗詩は吐息を一つ宙に溶かした。
目線は逸らさない。逸らせるわけがない。敵の城壁を油断なく見回し、グッと脚に力を入れる。
何もしてこないなら、彼女達袁紹軍はこの兵器を使うだけである。
小さく、彼女達の横で火が灯った。撃ち出す槍の先、木で出来た部分の中央にはくり抜かれたくぼみがあり、内側には油を染み込ませた布が打ちつけられて燃えている。
「あはっ」
隣で小さく笑う声は少女のように甘く、まるで恋人との逢瀬を楽しんでいるようだ、と斗詩は思う。
胸いっぱいに息を吸えば、誰かが生唾を呑み込む音がはっきりと聞こえた。
「撃てぇっ!」
楽しげな声が上がった瞬間、特別製の弦の弾ける音が響き渡り、巨大な槍が……官渡の城門に向けて放たれた。
緩い弧を描く槍の速さは小さな武器と同じに鋭く、風切り音は誰も聞いた事が無いモノであった。
それが辿り着くまでのほんの少しの間、曹操軍も袁紹軍も、思考に空白を作られ、目で追う。ただ、城壁の上の男だけは……なんら動きを見せず、他の兵士達のように城壁の上から身を乗り出さず、彼女達を見据えていた。
場に響いた轟音は、衝車が城門にぶつかる音より尚大きく、鋭かった。
新たな兵器の産声と言えよう。歓声が上がったのは袁紹軍。僅かにどよめきが上がるのは曹操軍。互いに、その兵器の威力を理解した。
人の壁では止めきれない智の力が、これより後の戦場では振るわれ続けるのだ、と。
「次っ! もたもたすんなっ!」
快活な怒声が響き、兵士達は瞬時に二度目の射撃の為に動き出す。バリスタの威力に惚れ惚れしながら、頭の中に城門を遠くから無傷で壊せる未
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