第7話 壊レタル愛ノ夢(後編)
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だ。君、本当に顔色が悪い」
「いえ」
大丈夫です。
それが言えない。
口を開くと嗚咽が漏れて、慌てて声も言葉も殺す。クグチは黙って泣いた。涙が止まらない。
ただ、後悔で、胸が潰れそうだった。
強羅木ハジメを、ただ一人の家族を、もっと……もっと愛すればよかった。
―4―
霧が、夢のような霧が、海と雲の間を満たしている。その赤く濁った光芒の中で、誰かがすすり泣いているけれど、耳を澄ますと消えてしまう。
波頭が磯を洗っている。放置された遊歩道は、石畳の隙間に雑草を生い茂らせ、霧の先へ続いている。
灯台の影が黒く、霧の中に見えてくる。あの灯台に誰かがいるような気はしない。灯台を目指しながら、もしも親父が、と、クグチは考える。親父がQ国に残った理由が研究のためならば、研究こそが人生で、自分の生き方だと思っていたなら、自分の生きる道のために、憎まれる覚悟を決めて妻子を日本に残してきたというのなら……俺は親父を許せる。それが人間らしい特性だとわかるから。
やがて道の左手に現れる、死んだアスレチックが取り残された広い公園。右手には海に突き出す細い道と灯台。
クグチは細い道をたどり、灯台に着いた。
黒い海面は間近にあり、路面に膝をついてフェンスから手を伸ばせば、やすやすと触れられそうだ。試そうかと思い、頼みのフェンスが赤錆だらけで朽ちていることに気がつき、肝を冷やしてやめる。
灯台の根本に、外れた南京錠と断ち切られた針金が落ちていた。
押すと、扉は軋むことすらなく開いた。
風に吹かれた黒い塵が、床を這って逃げた。
紙が散った。
細かい黒い文字や、グラフが少しだけ見えた。狭い暗い天井から舞い落ちて、床に落ちる前に、全て消えた。電磁体が見せる幻覚だ。
「記憶」クグチは囁く。「親父?」
「いいえ。明日宮君のじゃない。彼は安らかに死んだわ」
灯台の闇に片足をつっこんで、クグチは背後にハツセリの声を聞く。
「肉体も守護天使も。あの人が幽霊となって惨めにさまようなど私は許せなかった」
クグチは振り向かない。
振り向いたらもう、そこにはいない気がする。
観測したら、もともとの居場所がわからなくなってしまう粒子のように。
「言ったでしょ。私は彼を愛していた。彼が妻帯していたとしても。子を持っていたとしても」
影もなく、呼吸の音もなく、彼女は話し続ける。
「明日宮エイジ君は消えた。完全に消え去ることが許された。彼の運命が彼に許した。けれど、その他あまりにも多くの存在が幽霊になった」
だったら何だ。
運命だと。
ご託はいい加減にしろ。
「おめでたいわね」
声は続く。
「彼らは幽霊になった。彼らの身に降りかかったことが自分の身には降りかからないと、なぜ信じられるの」
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