乱れ混じる想いに
[1/12]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
袁紹軍が陽武と烏巣に陣を敷いている間、曹操軍は官渡砦に籠り、何一つ動こうとはしなかった。
通常ならば、陣を敷く間に奇襲を掛けるなり、陽動を仕掛けて何がしかの結果を得ようとするモノなのだが、風、稟、詠、朔夜の四人は満場一致で守りを固める方を取った。
ただ、霞の部隊と春蘭の部隊だけ砦の外を巡回し、情報漏洩を防いではいた。
新兵器がどのようなモノであるのか、砦で戦う為に何を準備しているのか、袁紹軍には一つたりとて漏らしてやるつもりは無い。
守備の側が一手遅れるのは当然であり、情報漏洩はそれだけでアドバンテージを零にしてしまうに等しい。虎牢関やシ水関のような天然の要害と違い、官渡は地形的に守りに適しているとしてもそれらには及ばない。だから、策と兵器でより多くの有利を獲得しなければならないのだ。
袁紹軍が陽武に来たとの報告から七日が経った。
軍師達は何度も策の概要を確認し、将達は兵の士気上げや練兵に勤しんでいる。
そんな中、秋斗は城壁の上で月と共に敵の居るであろう方角をじっと見据えていた。
「今日の朝は二人死んだ」
ぽつりと、彼が宙に言葉を放った。
白馬と延津では戦があった。多くのモノが死んだ。帰還した兵には怪我人も多数居る。その内、今日の朝に重傷者の二人が息を引き取った。
医学の知識など応急処置程度しか持っていない為に、彼はその者達に何も出来ない。そも、この時代の医療技術では、現代のように人を助けることなど出来はしない。彼には気休めに話をしたり、出来る限りおいしいモノを食べさせる事くらいしか出来なかった。
病気の予防の為に布を口に巻いて、仕事の少ない彼と月は重傷者優先で料理を振る舞ったのだ。
糧食で作れる料理など多寡がしれているが、それでも彼らは美味いと言って笑ってくれた。
――今の俺にはこんな事しか出来ない。
ギシリ、と拳が鳴る。震える手には、人を救えない悔しさがありありと浮かんでいた。
多くの人を救えた現代を知っているから、彼の心は軋みを上げる。もどかしさ、焦燥、無力感……彼の胸に来る重圧は、それらの言葉では表現しきれない。
ただ、大きく苦しく、重く圧し掛かった絶望はたった一つの事柄から。
“自分は死んでも生きている”
なんだこれは、この茶番は、この有様は……心の中で毒づいた。
たった一つの命を燃やして戦う彼らとは違い、自分は死んだのに生きている。なのに彼らを死地に追い遣る。
笑いそうだった。泣きそうだった。この矛盾にこの嘘に、黒麒麟は潰されたのだとはっきりと分かった。
これでは確かに命を捨てたくもなる……そう思った。
きっと心の強いモノなら、下らないと断じて笑うだろうと予想出来た。しかし彼には出来なかった。もう一度の人生で幸せになりたいなど、そん
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ