魔石の時代
第五章
そして、いくつかの世界の終わり1
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しれない。もしもそうだとすれば、思い出す事は不可能だ。いずれにせよ、『自分の名前』は完全に失われている。
まぁ……正直に自白するのであれば、そもそも『今の自分』が誰なのかも分らないのだが。かつて存在した魔法使いか。それともあの連中に殺された哀れな少年か。かつて世界を牛耳ったあの怪物か。魔法を授けてくれた恩師か。それともその相棒か。あるいは、今まで生贄にしてきた誰かか。そんな事は『自分』で分らなければ、他の誰にも分るまい。
「光だ。御神光」
今日の彼女は、随分と唐突だった。突然にそんな事を言う。
「お前の名前だよ。今日からお前は、御神光だ」
困惑する自分に、彼女はそう告げた。何の皮肉なのかと思うくらい不釣り合いな名前だったが――まぁ、それはいいだろう。名前がないというのもいい加減不便だった。
「よし。何か美味しい物を食べに行こう」
だから、何故今日はそんなにも唐突なのか。問いかけると、彼女は言った。
「誕生とは祝福されるべきものだ。誰でも、例えどんな形でも」
自分のこれは、誕生ではない。祝福される様なものでもない。この子を殺して奪い取ったようなものだ。告げるが、彼女は怯まなかった。
「記憶が混濁していると言ったな。それなら、その子とかつてのお前が混ざり合って、新しいお前が生まれた。それだけだ。その子を殺して奪い取った訳ではない。違うか?」
それは――どうなのだろう。この子が何者であったかと同じように、かつての自分がどうだったかも思い出せない。かつての自分の事を思い出せる程度には、この子の過去も思い出せる。何より。この子の記憶を他人の記憶だと感じるのと同じだけ、かつての自分の記憶も他人のものだと感じていた。さて、それなら一体どちらが自分なのか――なるほど。確かにそれは、『自分』にも分からない。それなら、それが正しいのかもしれない。
「だから、お前は光だ。かつてのお前でもその子でもなく。新しい人間として、今日からそう名乗ればいい」
それは詭弁だろう。反論する事はできた。……いや、できなかったか。彼女の言葉を聞いたその瞬間、曖昧だった何かが明確になった。その何かに名前をつけるなら――確かに『今の自分の誕生』としか言いようがあるまい。
「納得したなら、行こう。大した事はできないが……。こうして巡り合ったのも何かの縁だ。良ければ、お前の誕生を祝わせて欲しい」
この時、彼女が何を思ってそう言ったのか、それを自分が知る事はない。そして、『自分』を持たなかった自分が、この言葉に一体どれだけ救われたのか。おそらく、彼女は理解していないだろう。 だが、この時初めて、『自分』は自分になったのだ。
この日からしばらくの後に彼女は自分の事を『息子』だと言ったが……それよりも遥かに早く、彼女は『御神光』にとって母親だった。それは、相棒――
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