第7話 壊レタル愛ノ夢(前編)
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ません」
「どんくせぇなお前。間が悪いっつーかよ」
「……すいません」
「こんなこと本当は謝る必要ねぇってわかってんだろ」
島は目を伏せた。
「随分前のことだ。あの事件があったのはな。まだ戦争をやっていた」
暑い日だった。星薗はささやく。
「通報を受けて駆けつけた時、俺は想像を絶するものを見た」
「……何ですか?」
「おぞましいものだ」
子供が殺されていたんだ、と、星薗さんはそれを言えないんだ、と、島は思う。
星薗は喋らない。背を丸めて座ったまま、じっと目を閉じている。
「その、星薗さん」
現実感をたぐり寄せるために、島は会話をする。
「仕事に来てほしいんです。人手が足りてないんです、それに」
嘘だ。
「星薗さんだって、困ると思うんです。来た方が……いいと思いますけど……」
「俺にとって何がいいかなんざ、何でおめぇにわかるんだ」
「そうですけど、でも」
言葉をつなぐ。
クビにされてしまうかもしれませんよ。そしたら星薗さん、やっぱ困るんじゃないですか。
星薗は短く笑うだけだった。
「何のために働けっていうんだ」
「何って……」
「おまんまのためか? おめぇ、俺たちがまだ生きているって、そんな保証、どこにある?」
島は不意に気付く。
玄関の戸を閉めた瞬間から、今の今まで自分が見たくないと思っていたものの存在に気付く。星薗が何と暮らしていたのか気付く。
幾層にも積み重なった衣服の合間から覗く長い髪と、両目に気付く。
この衣服の層の下に床はなく、きっと地獄と呼ばれる場所につながっていて、そこから黒い風が吹いて、部屋に満ちていることに気付く。
十分後。
島が走って逃げて来た。公園のベンチで座り込んでいたクグチは、気付いて顔を上げた。
「島さん?」
島は泣いていて、立ち止まらなかった。
もう夜明けでもないのに、いつまでも空が、赤い。
―2―
赤い空の下、自転車を押して、クグチは俯いて歩いている。居住区の外は平和だ。暮らしているのは、もともと貧しく不便な生活に慣れた人たちだ。中央掲示板がある広場では、ブルーシートをかぶせた簡易の小屋が並び、人々が泥付きの野菜や衣服を持ち寄り、交換しあっている。
掲示板は広場の片隅にあった。
クグチの張り紙が何者かによって、他の尋ね人の張り紙の上に貼り直されていた。雨よけのビニール袋の上に一言、
『ジャンパーは無しで』
とある。
クグチはACJの半袖のジャンパーを脱いで丸め、自転車の前かごに突っこんだ。UC銃を持ってこなくてよかった。あれはジャンパーよりも目立つ。自転車のハンドルに手を載せて、クグチは待った。
UC銃を持ってこなかったのは、それであさがおを撃たないと決めたからだ。彼女を静かに消滅させようと
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