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Magic flare(マジック・フレア)
第6話 回転木馬ノ永イ夢想(後編)
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 ※

 そしてまた雨が夜に忍びこんで、眠れぬ人を眠らぬ人に変える。濡れ縁が、雨に打たれて秒ごとに朽ちてゆく。昼はつぼみだった白い生け花が、冷たい水を飲んでゆっくり、ゆっくり開いてゆく。線香の煙が、風もないのにいやに揺れて、蝋燭の火は身悶え、ろうを垂らして泣く。
 正座するあさがおは、背に気配を感じた。
 廊下の闇から指が伸びて、細く開けておいた襖から入ってくる。灰色に垂れるのは髪だ。それが顔を上げて、血走った目を見せた。恐怖と、渇望と、無念と、被害妄想を灯した目が、あさがおを素通りして仏間を走り、パン、と襖を開け放った。
 死に装束をまとい、痩せこけた死者が入ってくる。
 あさがおは畳に指をつき、立った。死者は小柄だった。記憶の中の姿よりも。
 向かい合って立つ。
 死者は骨ばった指を突きだし、腕で左右の様子を探りながら、慎重に歩き始めた。
 あさがおの姿が見えないのだ。
 けれど気配が分かるのだろうか。
「あ……あ……」
 死者がうめき、その指が鼻先に迫り、あさがおは三歩、四歩と後ずさる。
「サガオ……」
 あさがおは右に避けた。死者は突き当たりの床の間に行き当たり、今度は左の、濡れ縁と仏間を隔てる障子に歩いていった。深い水がやってきて、欄間から水をこぼした。畳が水を吸い、線香が、燃え尽きてもいないのに煙を消す。果物が急に黒く腐る。死者は向きを変えた。
「ア・ア・ア、アーーーーーーーーー」
 口を開けて、こちらに来る。
「アーサーガー」
 固く口をつぐんで、濡れ縁のほうに逃げた。畳と湿った足の裏がこすれ、足音をたてた。
「オーーーーーーーーー」
 あさがおと死者は、そうやって仏間を一巡した。死者は諦めたのか、仏壇に向かい、透明になりながら仏壇の中に入っていって消えた。
 あさがおは仏壇の扉に手をかけた。しかし閉めなかった。線香に火をつけた。

 あの特殊警備員が来る。
 こんな深夜になんだって言うの?
「根津さん! 根津さん!」
 私はここにいるのに。この家の明かりが見えないの?
「くそ、どこだよっ」
 物を蹴って八つ当たりし、どこかに走り去っていく。
 ねえ警備員さん。私の母親は精神病院の前で泣き叫んでいて。ねえ警備員さん。私の父親は戦争に行った。そして私が残ったの。一人きりで残ったんだよ。
「アサガ……アサガオーーー……」
 ねえ警備員さん。ほら、仏壇からまた出てきた。ねえ警備員さん。私が、ろくに手紙の返事も出さなかったからだよ。痩せ細って死んでいくのに、会いに行ってあげなかったからだよ。
「ごめんね」二階の寝室で
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